薬局にはおびただしい数の胃薬が売られています。
ネット上には人気のおすすめ胃薬ランキングなど、医学的根拠に乏しい記事も多くあります。
種類が多いことは一見便利な反面、ある意味で危険だとも言えます。
なぜ危険なのでしょうか。
理由は2つあります。
一つは重大な病気の治療の遅れにつながることです。
胃の痛みや不快感などの症状がある方は、まず市販の胃薬を試し、効果があまりなければ別の種類の薬を、と容易に様々な薬を試すことができます。
しかし実際には専門的な治療が必要な慢性胃炎や胃がんが原因で、いろいろな薬を試すことができるせいで受診が遅れる方がいます。
もう一つは、「市販されていない薬」、つまり病院の処方箋がなければ手に入らない胃薬は試せない、ということに一般の方が気付きにくいことです。
たとえば、我々が最もよく用いる胃薬「プロトンポンプ阻害薬(PPI)」は市販されていません。
プロトンポンプ阻害薬であれば短期に治療ができる病気に対し、効果の乏しい市販の薬や漢方薬などを繰り返し内服し、治らないどころか副作用に苦しむ方もいます。
そこで今回は、市販のものもそうでないものも含め、危険な胃の病気を見落とさないことを大前提とした、胃薬の「安全な」使い分けをわかりやすく解説します。
受診が必要な病気
まず、市販の薬で治せない(治そうとしてはいけない)胃の病気を簡単に紹介します。
以下の病気は全て、胃の痛み、胃のむかつき、胃もたれ、げっぷ、胸焼け、胃の不快感、食欲不振など、あらゆる症状を引き起こします。
症状だけでは病気を識別できません。
最も大切で、必ず覚えておいていただきたいことです。
消化性潰瘍
胃潰瘍と十二指腸潰瘍をあわせて「消化性潰瘍」と呼びます。
原因の95%以上は、ピロリ菌感染か、痛み止め(ロキソニンやボルタレンなどの非ステロイド性抗炎症薬)のどちらかであるとされています。
専門的な治療が必要です。
「痛み止めが『胃を荒らす』ので何か胃薬でも飲んでおこう」と漠然と考えている人がいますが、ほとんどの市販の胃薬では消化性潰瘍の予防ができません。
以下の記事で解説していますのであわせてご覧ください。
胃潰瘍/十二指腸潰瘍の症状、原因と治療、市販の胃薬では治らない理由
慢性胃炎
大部分がピロリ菌感染が原因です。
ピロリ菌感染によって起こる慢性萎縮性胃炎は、胃がん発生のリスクが極めて高いとされています。
専門的な治療が必要です。
ピロリ菌について詳しく知りたい方は以下の記事をご覧ください。
ピロリ菌は胃がんの原因?検査や除菌方法と副作用、感染ルートを解説
胃がん
大部分がピロリ菌感染が原因です。
内服薬で治らないのは言うまでもないことです。
早急な治療が必要です。
胃食道逆流症
過剰な胃酸分泌などが原因で起こる食道への胃酸の逆流が原因です。
市販の薬では治りません。
適切に治療しなければ、逆流性食道炎から「バレット食道」という食道癌の発生しやすい食道粘膜に変化する危険があります。
胃食道逆流症については以下の記事をご覧ください。
市販薬では治らない!逆流性食道炎の原因と症状、何科を受診すべきか?
次に、各種の胃薬について解説します。
プロトンポンプ阻害薬(PPI)
商品名:オメプラール、タケキャブ、タケプロン、ネキシウム、パリエットなど
胃酸の分泌を最も効果的に抑える薬で、いずれも錠剤またはカプセルです。
副作用に、下痢や肝障害などがあります。
前述した通り、医師の処方箋が必要な医療用医薬品で、薬局で自由に購入できる薬ではありません。
胃潰瘍・十二指腸潰瘍(消化性潰瘍)、胃食道逆流症(逆流性食道炎)など多くの胃の病気に最も有効とされる薬です。
消化性潰瘍の原因は前述の通りです。
ロキソニンやボルタレンなどの非ステロイド性抗炎症薬と呼ばれる痛み止めを長期間使用している方は、消化性潰瘍の予防として主にプロトンポンプ阻害薬を用います。
消化性潰瘍の治療にも欠かせない薬です。
消化性潰瘍の治療は、かつては胃の切除でした(高齢の方の中には、胃潰瘍や十二指腸潰瘍で若い頃に胃を切除した、という方は多くいます)。
後述する「H2拮抗薬」が登場して薬で治せるものが増え、この「プロトンポンプ阻害薬」の登場によって、外科医の出番はなくなりました。
プロトンポンプ阻害薬は、ピロリ菌除菌を目的としても用います。
その際は、プロトンポンプ阻害薬に加え2種類の抗生剤を併用します。
胃食道逆流症も、プロトンポンプ阻害薬によって胃酸過多を改善することで治療できます。
ピロリ菌除菌について詳しく知りたい方は以下の記事をご覧ください。
ピロリ菌は胃がんの原因?検査や除菌方法と副作用、感染ルートを解説
ヒスタミンH2受容体拮抗薬(H2拮抗薬)
商品名:アシノン、アルタット、ガスター、ザンタック、タガメットなど
前述のプロトンポンプ阻害薬より古い薬で、同じく胃酸の分泌を抑えます。
副作用として、まれに下痢や便秘、肝障害などがあります。
「ガスター10」など、薬局で市販されているものも多く、よく知られた種類の薬です。
胃もたれや胃痛、胸焼け、げっぷなどの症状があってこういう薬を試した経験のある方は多くおられるでしょう。
胃酸分泌を効果的に抑えるという観点では、このH2拮抗薬より前述のプロトンポンプ阻害薬の方が優れた薬です。
理由は以下の3つです。
・胃酸の分泌を抑える力はプロトンポンプ阻害薬の方が高い
・プロトンポンプ阻害薬は食事摂取による胃酸分泌が多い日中に高い効果を示す(H2拮抗薬は夜間に効果が高い)
・H2拮抗薬には耐性がある(長期間服用すると効果が弱くなる)
もちろんH2拮抗薬も優れた薬で、消化性潰瘍や胃食道逆流症に対して条件を満たせば今でも多く処方されています。
プロトンポンプ阻害薬へのアレルギーや副作用など、なんらかの理由でプロトンポンプ阻害薬が使用できない方にもこちらを用います。
防御因子増強薬
商品名:サイトテック、スクラルファート(アルサルミン、スクラート)、セルベックス(セルベール、テプレノン)、ムコスタなど
前述の2種類は胃酸分泌を抑える、すなわち攻撃因子を抑える薬でした。
こちらは攻撃因子は抑えない代わりに防御因子を強くする、つまり胃酸から胃の粘膜を守る薬です。
市販されているものも多くあります。
以下のように便宜上分類することができますが、作用は複数に及ぶものもあります。
粘液産生・分泌促進薬:セルベックス・ムコスタ
プロスタグランジン製剤:サイトテック
粘膜抵抗強化薬:スクラルファート
セルベックスやムコスタは、ロキソニンやボルタレンなどの痛み止めと併用されることがありますが、消化性潰瘍を予防できるという十分な証明はされていません。
繰り返しになりますが、こうした痛み止めを継続的に内服する方は、潰瘍予防のためプロトンポンプ阻害薬や、H2拮抗薬、上記のプロスタグランジン製剤の併用が必要です。
特にリスクの高い方は、やはりプロトンポンプ阻害薬併用が望ましいと考えられています。
消化性潰瘍の予防については以下の記事で詳しく解説しています。
胃潰瘍/十二指腸潰瘍の症状、原因と治療、市販の胃薬では治らない理由
一方で、冒頭の「受診が必要な病気」がない場合、たとえば検診をきっちり受けている方や、食べ過ぎ、飲み過ぎなど原因が明らかな急性の症状の場合には、この種類の薬が一定の効果を示す可能性はあります。
総合胃腸薬
商品名:太田胃散、大正胃腸薬、キャベジン、サクロン、パンシロンなど
多く市販されているタイプの胃薬です。
コンビニで気軽に手に入るものもあります。
「総合」とは「何にでも効く便利な薬」という意味ではありません。
「複数の薬の成分が含まれている」という意味です。
つまり、胃の壁を保護する薬や胃の動きを良くする薬、消化を助ける消化酵素、漢方薬などが複合的に含まれています。
上述したような、特定の疾患の治療として推奨できるものはありません。
また、症状に応じたこれらの使い分けを医学的に説明する基準もありません。
ただ、検診をきっちり受けている方で、食べ過ぎ、飲み過ぎなど原因が明らかな急性の症状の場合には、一定の効果を示す可能性はあります。
胃の症状は、胃が発した重大な病気のサインかもしれません。
安全に胃薬を使用するためにも、このページに書かれた知識を参考にしていただければ幸いです。
今回の記事で書いた「痛み止めに」については、以下の記事をご参照ください。
飲みすぎ危険?痛み止めと解熱剤の種類と4つの副作用(参考文献)
消化性潰瘍診療ガイドライン2015/日本消化器病学会
H.pyroli感染の診断と治療のガイドライン 2016/先端医学社
専門医のための消化器病学 第2版/医学書院