私の初期研修の記憶の中で、外科(消化器外科/腹部・一般外科)は、最も楽しめなかった科の一つです。
こう書くと驚く方は多いかもしれませんが、実際内科系の科の方が、研修医としては楽しかったのです。
外科志望だった私ですらこうですから、他科を志望する先生にとって外科ローテートはもっと苦痛ではないかと思います。
では、なぜ外科ローテは面白くないのでしょうか?
理由として、以下のようなことが推測できます。
・先輩医師が忙しくて相手をしてくれない
・いくら教科書で勉強しても手術の流れが全く理解できない
・手技がメインの科なのに何もさせてもらえない
・手術に入れてもらっても鈎引きしかさせてもらえず面白くない
・術後管理が教科書通りでないので下手に手が出せない
もちろん施設によってはこういう不満は全くないというところもあるかもしれません。
しかし、多くの先生は少なからず上記のような不満を訴え、ローテート期間を有意義に過ごすのは難しいと考える傾向があります。
そこで今回は、外科医として研修医の先生方を指導する立場から、ローテ中の心得を書いてみたいと思います。
学ぶことは最小限に絞る
真面目な先生ほど、術前にきっちり手術書を読み、それにも関わらず手術がさっぱり理解できず不安になるものです。
自分の少し上の先輩が、手術をテキパキとこなしているように見えたり、解剖の知識が豊富に見えたりするかもしれません。
私などは、研修医2年目の時に、2つ上の先輩が胃癌のリンパ節番号を全て暗記していることに驚き、ただただ不安になったものです。
特に外科志望の先生方はこうした不安を強く感じる可能性がありますが、全く心配ご無用です。
毎日同じことばかりやっていれば、嫌でも覚えます。
リンパ節番号など、暗記しようと思わなくても自然に覚えます。
外科医になれば毎日手術ばかりやっているのですから当たり前のことです。
その点、研修医の頃は覚える必要に迫られていない分、「非常に効率の悪い方法で暗記しようとしている」とお考え下さい。
覚えられなくても心配いりません。
では、研修医の頃は何をどうやって学習すれば良いでしょうか?
私のオススメは、
「今日はここを学ぼう」
と、1つだけ自分でテーマを決めて手術に挑むことです。
例えば、
「どういう順番で血管を処理するか?」
「吻合方法はどんな場面で何を選び、どんなメリット・デメリットがあるか?」
「どんな場面でどんな鉗子を使うのか?」
一つでもいいので、事前に準備して手術に臨むようにします。
そうすれば、分からない部分が明確に見え、指導医に質問しやすくなります。
また、ある部分に絞って観察すれば、後から教科書を使ってフィードバックすることも簡単です。
もし自分でこうしたポイントを想起できなければ、指導医に聞いてみてもよいでしょう。
「明日の手術で最も重要なポイントは何でしょうか?」
あるいは、自分で調べた上で、
「明日の手術では○○が重要だと思っているのですが合っていますか?」
というように、事前に聞き出しておくのも一つの手です。
他科の医師が知るべきこと
外科志望でない先生は特に、他の科の医師でも知っておかなくてはならない知識を身につけることが大切です。
まず一つは、他科と外科との関わり合いです。
他の科からどんなコンサルトが外科医に入っているのか、そのコンサルトに対して外科医がどんな対応をしているかを観察します。
外科医にとっては、「外科ローテの経験が全くない人」からのコンサルトと、「ある程度外科の動きを知っている人」からのコンサルトでは、対応のしやすさが随分異なります。
前者のコンサルトは、実は「準備不足」「丸投げ」「説明不足」というパターンが多く、外科医が困った姿を見ることになるでしょう。
これは、ひいては治療の遅れから患者さんの不利益に繋がる可能性があります。
何科に進んでも、担当患者さんが消化器疾患を発症することは必ずあります。
入院中に腹痛を訴え、画像検査をしたらイレウス、消化管穿孔、虫垂炎、胆嚢炎などが分かることは多々あります。
担当患者が痔核で出血したり、ヘルニア嵌頓を起こしたりするかもしれません。
こういう際に、適切な診察と検査を行い、スムーズに外科医に引き継ぐことをイメージしながら学習しましょう。
そのためには、外科ローテート中に「外科医がどんな情報を欲しているか」という点に着目しておくことが重要です。
これを知っていれば、何科に進んでも自信を持って外科医にコンサルトすることができるようになります。
コンサルトについてはこちらもどうぞ!
手術中の心がけ
外科志望の場合
外科を志望する人は、いずれ自分自身が術者になります。
外科医になると、突然「ここは君がやってみなさい」と言われることもあります。
常に緊張の連続です。
一方、研修医としてローテートしている最中は、こうした緊張感から逃れて手術を落ち着いて見ることができる貴重な期間です。
自分が執刀することをイメージしながら、先輩医師の動きを見るようにしましょう。
「岡目八目」という私の好きな言葉があります。
「第三者は当事者より情勢が客観的によく判断できる」という意味です。
「他人の碁を傍から見ていると打っている人より八手も先まで手が読める」ということに由来する成句ですね。
ビギナーか手練れかに関わらず、第二助手や第三助手の視点からは違った学びがあるものなのです。
また、手術に入ると鈎引きばかりさせられたり、手で同じところを押さえたまま2〜3時間、という拷問のような仕打ちを受けたりすることがあるはずです。
そして何度も「動くな!」「もっと引け!」と叱られることもあるでしょう。
覚えておいていただきたいのは、鈎引きや展開といった助手の仕事は、決して簡単ではない、ということです。
研修医の立場からすれば、医者でなくてもできる雑用をやらされている感覚かもしれません。
しかし実際には、手術の流れや解剖が分かっていなくては、正確な力で正確な方向に鈎引きや展開をすることはできません。
手術に慣れた医師の鈎引きや展開と、そうでない人とでは、術者の快適さは随分違うのです。
熱心に術野を覗き込み、求められている術野をイメージできるようになれば、鈎引きや展開という「技術」は上達します。
そもそも人間の手は機械ではないので、一定の力で全く同じ方向に引いた状態で固定することは絶対に不可能です。
「動くな!」
という指示は土台、無理な注文なのです。
ではなぜ「動くな」なのか?
その答えは、
「動くな」=「場が変わらないように動け」
を意味しているからです。
術者が求める術野になるよう、微妙に引く方向や力をリアルタイムに修正せよ、という難題を押し付けているのです。
このためには、やはり手術の手順を十分に分かっておく必要があるでしょう。
先輩外科医が第2助手以下に入った時はチャンスだと思って、どういう動きをしているか、観察するのが良いと思います。
これが「単なる雑用ではない」と理解できるだけでも、手術を見学するときの心構えはきっと変わってくるはずです。
外科志望でない場合
外科を志望していない場合は、手術中は苦痛で仕方がないかもしれません。
しかしある意味、外科ローテ中は腹腔内(あるいは胸腔内)を直接見ることができる最後のチャンスです。
ぜひしっかり観察しておいてほしいと思います。
まず手術に入る場合は、事前にその患者さんのCTをじっくり見て、術式に関わる臓器の位置関係や血管の走行を確認し、これをイメージしておきましょう。
そして手術中には、このイメージ通りかどうか答え合わせをします。
私たち外科医は毎回この作業を繰り返すため、CT画像だけで体腔内の様子が立体的にイメージできるようになっています。
どの科に行っても胸腹部CTを見る機会がありますので、こうしたイメージがある程度できるようになっておくと診断の質はきっと上がるはずです。
もちろんMRIなど他のモダリティでも同じです。
次に外科と他の科との関わり合いにも注目していただきたいと思います。
例えば、
術中迅速病理検査がどんなルールで提出され、病理診断科とどうやりとりしているか?
術中内視鏡を行う消化器内科とどんな風に連携しているか?
他科からの手術依頼の際には、依頼した科ごとにどんな対応をしているか?(例えば悪性リンパ腫の手術では切除検体の扱いを事前に血液内科に聞いておく必要がある、など)
といった点を見ておくと、自分が他科の立場で外科手術に関わるときの一つの勉強になります。
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術後管理の学び方
ローカルルールに注意
術後管理は、基本的には教科書やガイドライン通りに行われているはずです。
まずは教科書で一通り勉強し、その通りに行われているか、そうでないかを観察してみましょう。
すると、教科書通りではないローカルルールも多数あることに気づくはずです。
疑問に思ったら、自分を指導してくれている若手〜中堅の医師に必ず疑問を投げかけてみましょう。
その際は、何も考えず手放しに質問するのではなく、患者背景や術後の病態を考えた上で、
「教科書やガイドラインにはこう書いてありますが、今回のケースが教科書通りでないのは◯◯だからですか?」
という形である程度考察を加えると良いでしょう。
先輩の立場からしても、「この先生はどのくらい分かっているか?」がわかる方が教えやすいものです。
どこまで理解しているかが全くわからないと、何から説明していいのか戸惑い、結局あいまいな返事で終わる可能性もあります。
術後に見ておくべき3つのポイント
加えて、術後に見ておきたいポイントがいくつかあります。
まず1点目はリハビリです。
リハビリは、術後の回復を早める重要な医療行為です。
どんな方にどんなリハビリが必要か、医師が理学療法士とどんなやりとりをし、どういう指示を出しているかを見ておくと良いでしょう。
疑問に思ったら理学療法士に直接聞いてみるのも一つの手です。
餅は餅屋です。
私もリハビリに関する疑問点は、よく理学療法士に直接聞くようにしています。
2点目は、術後の病理検査結果の読み方です。
手術で切除した検体は病理診断科に回され、数日後に結果が出ます。
これを必ず読み、意味を理解できるようになりましょう。
分からない言葉が出てきたら、その都度調べるか、指導医に質問するようにしてください。
病理レポートは、どんな科の医師になってもある程度は定期的に読むことになります(もちろん純粋な内科系の科は除く)。
外科の場合は、規約に沿った分かりやすい書き方になっているはずですので、各癌腫の取り扱い規約と見比べながら解読する練習をしてみてください。
3点目は、簡易的な処置をマスターすることです。
創部の処置、抜糸(必要なら)、ドレーン抜去といった処置は、外科ローテート中に身につけましょう。
多くの科で必要となる、難度の低い処置です。
外科では頻繁に遭遇しますので、この機会に学んでおくと良いでしょう。
大学院などキャリアによっては外勤(アルバイト)で救急外来勤務が必要となることがあります。
その際、軽い創傷のナートは、どの科に進んでもできなくてはならない処置の一つです。
難しい縫合はともかく、簡単なものは外科ローテート中に先輩医師の動きを見て学んでおくと良いでしょう。
以上、術前、術中、術後に分けて、研修医の先生向けに学習すべきポイントをまとめてみました。
楽しくない(かもしれない)外科ローテが、これで少しは楽しくなることを願います。
最後に、研修医の先生に最もオススメできる教科書を紹介しておきます。
この本は、もし自分が研修医の時に出会っていたらどれほど助かったか、と言えるほど素晴らしい本です。
手術器具の用途の違いが詳しく載っていたり、術式ごとの流れが分かりやすいイラストで載っていたりと、研修医向けとしてはちょうどいい難易度です。
最初に買う本としては最もオススメです。
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