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腫瘍マーカーはがんの早期発見や検診に有効なのか?分かりやすく解説

患者さんからよく、

「がんでないかどうかを知りたいので血液検査で腫瘍マーカーを調べてください」

と言われることがあります。

患者さんの発想としては、

「腫瘍マーカーが高いとがんの可能性がある。低ければがんではないと考えて安心できる」

というものでしょう。

残念ながら、腫瘍マーカーを「がん早期発見のためのツール」として使うことは、一般的には不可能です。

なぜでしょうか?

 

この記事では、

腫瘍マーカーとは一体何なのか?

腫瘍マーカーはがんの早期発見に使えないのか?

腫瘍マーカーはどういう時に有用なのか?

という点について、分かりやすく解説します。

注意
「がん」は、多種多様な悪性腫瘍を含む総称です。例外もありますので、あくまで一般論、基礎知識の確認としてお考えください。

 

腫瘍マーカーとは何か?

腫瘍マーカーは、がんから分泌される、あるいはがんの周囲組織などから分泌される物質のことです。

こうした物質は血流に乗るため、血液検査でその値を調べることができます

がんがあれば腫瘍マーカーの値が高くなることがある、これは事実です。

ところが、腫瘍マーカーには大きな欠点が2つあります。

 

初期の段階では異常値にならない

一つ目の欠点は、多くのがん種において、

「初期の段階で腫瘍マーカーの数字が基準値を逸脱することはほとんどない」

ということです。

現時点で医療現場で用いられる腫瘍マーカーは約40種類ありますが、がんが原因でその数値が上昇しているのであれば、それは「それなりに進行したがんが体内にあること」を意味する、と考えるのが一般的です

「早期発見」には使えない、ということです。

 

それどころか、進行したがんがある場合ですら、腫瘍マーカーが上昇しないケースは多々あります

これを「偽陰性」呼びます(本当は「陽性」となるべきなのに「陰性」になってしまう=「ニセの陰性」)。

 

例えば、以下の表を見てみてください。

ステージ
胃がん 3% 11% 37% 67%
大腸がん 7% 9% 30% 74%
膵がん 77% 75% 80% 84%
胆道がん 0% 55% 70% 78%

(参考:「臨床検査のガイドラインJSLM2015/日本臨床検査医学会」より引用)

これは、「CA19-9」という腫瘍マーカーの陽性率(異常値となる割合)を、ステージ(進行度)別に見たものです。

まず、胃がん、大腸がんでは特に、病期(ステージ)が早い段階の方が陽性率が低い、ということが分かると思います。

一方、最も進行したステージ4であったとしても陽性率は60〜80%程度

つまり、10人に2〜4人は進行がんでも腫瘍マーカーは基準範囲にとどまることが分かります。

 

血液検査で腫瘍マーカーを測定して、数値が基準範囲に入っていたとしても、「がんではない」とは言い切れないのです。

早期発見に役立たないだけでなく、進行していてもなお発見が難しいのであれば、やはり「がんかどうかを調べるツール」としては、精度が不十分です。

 

むろん、ここまで読んで、

「腫瘍マーカーが正常ならともかく、もし異常値が出て進行したがんが見つかるなら、早期発見でなかったとしても、それだけで意味はある」

と思った方がいるかもしれませんね。

残念ながら、腫瘍マーカーにはもう一つの大きな欠点があります。

「偽陽性」、つまり「がんがないのに陽性になってしまう」という問題です。

 

がんがなくても異常値になりうる

腫瘍マーカーは、がんに関連して血液中に流出しうる物質ですが、「がんがある時にしか産生されない物質」ではありません

がん以外の病気でも上昇することは多々あります。

がんではないのに検査の結果が「陽性」になってしまう、ということです。

 

例えば「CA19-9」は、胆のう炎や膵炎、肺疾患など、がん以外の多数の疾患で上昇します

同じく「CEA」という腫瘍マーカーも、良性の肝疾患や膵疾患で上昇することがあります

またCEAは、喫煙者であるというだけで高い値を示すことも多いとされています(参考:日本人間ドック学会誌, 11(2), 1996)

 

実際私たちも、「腫瘍マーカー高値」という検診の結果を持って患者さんが病院にやってこられ、精密検査をして「何も異常が見つからない」という事態を数え切れないほど経験しています

「腫瘍マーカー」という名称でありながら、「がんだけで上昇する項目ではない」という点に注意が必要なのです。

 

偽陽性の場合、患者さんは本来必要なかったはずの精密検査を受け、その検査費用と度重なる通院の手間、体への負担、検査のリスクを背負うことになります

また、「腫瘍マーカーが高かったのに、精密検査では結局何も異常が見つからない」という結果を手にし、それでもなお、

「本当に自分はがんではないのか?」

という不安感が拭えないまま病院を後にする方はたくさんいます。

これが患者さんにとって日々の生活を脅かす、大きな心理的負担となってしまうこともあります。

 

以上のことから、早期発見を目的として腫瘍マーカーを測定することで私たちが幸せになれる可能性は低い、と思われます。

少なくとも「腫瘍マーカーを測定したい」と考える方は、ここに挙げた多数のデメリットを、検査を受ける前に十分に理解しておく必要があるでしょう

 

MEMO
今回は詳述しませんが、前立腺癌の「PSA」のように初期の段階で上昇しうるものもあります。ただ検診で使用すべきかどうか、という点については議論の余地があり、市区町村の対策型検診として推奨されてはいませんが、独自に実施している自治体は多くあります。

 

では、そもそも腫瘍マーカーは一体どういう目的で使用されているのでしょうか?

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腫瘍マーカーの目的とは?

腫瘍マーカーの目的は、がんの種類によって様々ですが、主には、

・進行・再発がんに対する治療効果の判定

・がんの術後再発の発見

の二つが挙げられると思います。

 

まず、腫瘍マーカーの変動を見ることで、治療の効果があるかないかを判定することができます

手術で切除ができない段階まで進行したがんや、術後に再発したがんに対して化学療法(抗がん剤治療)を行う際、もし当初上がっていた腫瘍マーカーが下がってくれば「抗がん剤の効果あり」と推測可能です。

その後、そのまま低値が維持されれば「抗がん剤の効果が維持できているのではないか」と考えることができます。

逆に、抗がん剤を使用しても腫瘍マーカーが上がり続けるなら、「抗がん剤の効果は乏しいのではないか」と予想可能です。

 

もちろん、こうした治療効果を判定する場合でも、身体診察やCT、MRI、PET等の画像検査を併用する必要はあります

腫瘍マーカーの変化は「一つの目安」に過ぎない、という点には注意が必要です。

 

また、がんの種類によっては、術後再発の発見に使用することも可能です。

例えば大腸がんは、術後再発検索を目的として、腫瘍マーカーの「CEA」と「CA19-9」を定期的に測定することが推奨されています(参考:「大腸がん治療ガイドライン2019年版」金原出版)

大腸がんの術後、定期的に血液検査で腫瘍マーカーを測定し、基準範囲を逸脱すれば再発を疑って精密検査を行う、といったことが可能です。

(もちろん偽陽性、すなわち精密検査を行っても再発が確認されないケースはあります)

 

むろん、乳がんのように、術後に定期的に腫瘍マーカーを測定することの意義に関して議論の余地があり、ガイドライン上、必ずしも推奨されてはいないものもあります。

腫瘍マーカーは、がんの種類によっても、患者さんの病状によっても、その扱いが全く異なるということです。

数値が上昇していた時の解釈にも、専門的な知識が必要です。

いずれにしても、専門家の指示に従って、「必要なシチュエーションでのみ測定すべきもの」と考えるのがよいでしょう。

 

検診については、以下の記事でも解説しています。

胃がん検診で早期発見!胃カメラかバリウムどっちを選ぶべき? 大腸がん検診を徹底解説!検査の種類と方法、なぜ受けるべきか?

なお、がん検診については「科学的根拠に基づくがん検診推進のページ」にも詳述されていますので、ご参照ください。