がんだと診断された人の中には、
「〇〇が良くなかったんじゃないか」
「もっと早く受診しておけばよかったんじゃないか」
と自らを責める人が多くいます。
知人や親類からこのような言葉で責められる人もいますし、SNSなどでも患者さんに悪気なくこうした言葉を投げかける人もいます。
こういった過剰な「病気の自己責任論」に警鐘を鳴らすため、私は先日以下のようなツイートをしました。
食事に気をつけ適度な運動をし、タバコも吸わず律儀に人生を送ってきた人が突然がんと診断され、「私の何が悪かったんでしょうか」と涙ながらに訴える。
私たちにはそんな経験が何度もある。
がんと診断された方が自分や家族を責めないよう、個人の努力で防げないがんはいくらでもある、と伝えたい。— 外科医けいゆう (@keiyou30) November 2, 2019
このツイートは広く拡散され、360万回以上閲覧されています。
同様につらい思いをした経験のある方が多いのだろうと推測します。
ただ、少し誤った解釈をされる人もいました。
多かったのは、以下の3点です。
・結局がんになるかどうかは運だから、生活習慣の改善は無駄である
・がんになるかどうかは遺伝で決まるものだから仕方ない
・ストレスががんの最大の原因である
いずれも誤解なのですが、その理由を説明します。
不摂生でもいいという誤解
Twitterは、文字数制限でどうしても言葉足らずになるため、連ツイに「病気のリスクの捉え方|医師と患者の考えはなぜすれ違うのか?」の記事リンクを貼り付けて、その真意が伝わるようにはしていました。
(残念ながら、なかなか連ツイまでは読んでいただけないのですが…)
当然ながら、生活習慣の改善によって多くの病気の発症リスクを下げることができます。
たとえば喫煙は、肺、口腔、咽頭、喉頭、食道、胃、肝臓、膵臓、膀胱、子宮など、非常に多くのがんの発症リスクを高めるとされています(*1)。
禁煙することによって、がんに限らず多くの病気のリスクを下げることができ、長く生きられる確率が高まるのは事実です。
日本人の死因の第1位はがん(悪性新生物)ですが、2位に心疾患、4位に脳血管疾患が入っています(3位は老衰)。
心疾患や脳血管疾患(脳卒中)の多くは、背景に生活習慣病があります。
糖尿病・高血圧・脂質異常症(コレステロールや中性脂肪が高い)の改善や、肥満の解消、禁煙は、心臓や脳血管の病気の発症リスクを下げます。
病気を完全に予防することはできなくても、病気になる確率を下げ、長く生きられる確率を上げるためには、生活習慣の改善は大切です。
極端に言えば、くじ引きで、10枚のくじのうち「病気のくじ」を5枚から1枚に減らすことで、病気を引き当てる確率を下げるようなものです。
たとえ病気にかかるかどうかに「運の要素」があったとしても、「病気のかかりやすさ」は個人の生活習慣によって変化しうるのです。
遺伝で決まるという誤解
「がんになるかどうかは遺伝で決まる」という誤解もよくありますが、多くのがんは後天的に(遺伝とは無関係に)発生します。
DNAレベルで「誰ががんになりやすいか」をあらかじめ調べることもできません(例外は後述)。
確かに、細胞のDNAに生じた異常が、無秩序に増殖するがん細胞を生むきっかけになる、と考えられていますが、この異常は多くの場合、誘引なく起こります(もちろん一部に例外はありますが)。
がんの患者さんから、
「なぜ自分がこんな病気になったのか?」
と問われることはよくありますが、特に医学的に説明できる理由がない、というケースは多々あるのです。
もちろん少数ですが、中には遺伝するがんもあります。
例えば、ハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリーさんが、がんを予防するために、両側の乳房と卵巣を摘出する手術を受けたことは有名です。
がん抑制遺伝子「BRCA1」に生まれつき異常(遺伝子変異)があることが分かり、高い確率で乳がんや卵巣がんになると予想されたからです。
これは、「遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)」という病気です。
大腸がんにも、遺伝するタイプがあります。
「家族性腺腫性ポリポーシス(FAP)」と「リンチ症候群」です。
前者は、漫画「フラジャイル」でも扱われたたため、ご存知の方は多いかもしれません。
詳細は以下の記事をご覧ください。
大腸がんになりやすい?遺伝性(家族性)の大腸がんの特徴、検査と治療他にも遺伝的な要因でがんを発症する病気がいくつかありますが、多くはありません。
「遺伝するがんにかかる」という事実は、子を持つ親にとっては、とてつもなく大きな意味を持ちます。
病院でも、専門家によるカウンセリングを行いながら、慎重に治療方針を決めているのが現状です。
「がんは遺伝する」と安易に発言できるほど、軽く扱える現象ではないのです。
ストレスが原因であるという誤解
精神的なストレスが原因でがんになることはありません。
もちろん、ストレスによって生活が変化するなど、ストレスが間接的なリスクの一つになる可能性は否定できませんが、がんの直接的な発生原因として「ストレス」を挙げるのは誤りです。
中には「健康的な生活をしなければならない」という思いがストレスになるから、欲望のままに生きる方がいい、という意見も見られましたが、さすがに無理のある解釈です。
確かに、病気になった時に「あくまでその原因を知りたい」と考えるのは自然なことです。
そして原因が明らかな病気なのであれば、原因を知ることで、のちの人生に生かすこともできるかもしれません。
しかし、がんを含め、多くの病気は、様々な要因が複雑に絡み合って発症しています。
単独の原因が明らかになるものは、決して多くはありません。
病気の発症を「原因」と「結果」というシンプルな構図で捉えることが、医師と患者間にコミュニケーションエラーを生んだり、患者さんを傷つけたりする、という点については、以下の記事でも書いた通りです。
病気のリスクの捉え方|医師と患者の考えはなぜすれ違うのか?
よって、病気になった方に対して、
「〇〇が良くなかったんじゃないか」
と言って患者さんの過去を後ろ向きに責め、自己責任を問うことにメリットはありません。
医師としては、いつも患者さんと一緒に、
「これからどんな検査や治療を行うべきなのか」
「治療期間の目安はどのくらいなのか」
「治療の選択肢にはどんなものがあり、どんなメリット・デメリットがあるのか」
といった方向で、「前向きに」考えていきたいと思っています。
病気の原因を求めることにおいて、医師と患者間で生じるすれ違いについては以下の記事で解説しています。
医者と患者はなぜ分かり合えないのか?4つの原因を分析(参考)
*1 厚生労働省「喫煙と健康 喫煙の健康影響に関する検討会報告書」