恒例のみなさんのご質問に答えるコーナー。
今回は、似た質問を複数の方からいただきました。
毎回のように挿管していますが、実際あんなに挿管は必要なのですか?
素人から見ると、少し笑ってしまうくらい頻繁に挿管しているのですが・・・
by しげおさん
ほぼ毎回登場する気管挿管についてです。
処置の難易度、切開しても神経などは大丈夫なのか、また抜管した後はどうなるのでしょうか?(スペシャル版で緋山先生が装着していたような…)
by ダニエルさん
ご質問ありがとうございます。
確かにコードブルーには毎週のように気管挿管のシーンが出てきます。
しげおさんのおっしゃる通り、あまりに頻繁なので不自然だと思う方がいてもおかしくないかもしれません。
しかし医療者の視点から見ると、特に違和感はないというのが正直なところで、ここはツッコミどころではありません。
ダニエルさんがおっしゃる「切開しても」の部分ですが、これは「気管切開」のことをおっしゃっているのだと思います。
実はネット上にはいい加減な記事が多く、「気管挿管」を間違って「気管内挿管」と書いたり、「喉のところを切開して管を入れる」と「気管切開」と混同して解説しているものが多いのです。
今回は、コードブルーで毎回のように気管挿管をする理由、気管切開との違いなどについてわかりやすく解説します。
現場で気管挿管をする理由
救急医療において、救命のために最も大切な3要素を、頭文字をとってABCとよく言います。
A :Airway(気道)
B: Breathing(呼吸)
C: Circulation(循環)
この中でも、人の命を数分で奪ってしまうのが、A(気道)とB(呼吸)の障害です。
なぜかというと、気道の閉塞=窒息や、呼吸停止は、数分で心停止に陥って死亡するからです。
毎年正月になると、必ず餅をのどに詰まらせて心肺停止に陥った高齢者が病院に搬送されて来ます。
すぐに気道が開通しなければ、救命は不可能、あるいは救命できても脳に重大な後遺症を残します。
また何らかの病気で昏睡状態に陥って呼吸が停止すると、酸素が取り込めないので同じことが起こります。
これらは、即座に治療しなければならない、超緊急事態なのです。
前回の第6話では、倉庫内で突然意識がなくなって倒れた若い作業員を見て藍沢(山下智久)が、
「舌根沈下がある。挿管しよう」
と言います。
深い昏睡状態に陥ると、舌根、つまり舌の根がのどの奥に落ち込んで、気道を閉塞します。
このままでは窒息の危険があるので、即座に気管にチューブを入れて気道を確保したわけです。
病院であれば、挿入したチューブに人工呼吸器を繋げば自動で換気してくれます。
ところが現場に人工呼吸器は持ち出せませんので、この後は風船のような形のバッグを繋いで、これを定期的に揉むことで手動で換気します。
第6話では、敏腕看護師の冴島(比嘉愛未)が、現場で藍沢の介助をしながら膝でバッグを踏んで換気するという離れ業を見せていましたね。
第6話の解説記事はこちら
第3話のダメージコントロール手術の場面では、病院内で飛び降り自殺を図った男性が救急外来に搬送されるとすぐに白石(新垣結衣)が挿管します。
大量出血で意識障害に陥っていて、すぐにでも呼吸が止まる恐れがあったからです。
ここで気管に管を入れて人工呼吸器につなぐことで、強制的に呼吸(換気)をさせることができます。
第3話の解説記事はこちら
コードブルーでは、現場でAとBの危機に陥った患者さんが頻繁に登場します。
どれも、その場で挿管しなければ救命が厳しいと思われる場面ばかりです。
毎回挿管シーンが出て来ても違和感がない、と言ったのはそれが理由です。
ただし、実際には病院の周りでこんなに頻繁に事故や災害が起こることはありませんから、その点では非現実的です。
さて、ここまで読んだ方は、
「現場に医師がいなかったら挿管できずに死んでしまうのか?」
と心配になった方がいるのではないでしょうか?
確かに、コードブルーでは毎回救急医が現場に出動しますが、実際にはこういうことができるのは日本でも限られた病院だけです。
では、医師が出動できる環境にない地域は危険なのでしょうか?
実はそうではありません。
救急救命士でも同じことができるからです。
救急救命士の特定行為
コードブルーを見ていると、現場に医師が出動するのが当たり前のように思えてきますが、全国的には非常にまれなことです。
普通は、救急車で現場に救急隊(救急救命士)が駆けつけて、病院に搬送します。
医師は現場に出向くことはなく、救急外来で救急隊から電話を受けて救急車を受け入れる流れになります。
救命士は、医師の許可を受けることで多くの医療行為を行うことが許されています。
これを特定行為といいます。
たとえば、点滴(静脈ルート確保)、気道確保、特定の薬剤投与などは全て可能です。
気道確保は、気管挿管も含みます。
気管にチューブを入れるのが気管挿管ですが、ラリンゲアルマスクと呼ばれる特殊なマスクで気道確保を行う技術も救命士は持っています。
つまり、上述の命に関わるABCの維持は、医師免許がなくてもかなりの部分はできるということです。
当然、救命のために必須の、最低限の行為なのですから、そうでなくては困りますね。
ところが、救命士の特定行為に気管挿管を加えることの議論には紆余曲折があり、2004年にようやく実現できたことです。
詳細は述べませんが、わが国では、資格の必要な仕事を合理的に分業する、ということが進みにくい風土があるように感じます。
コードブルーでの過剰な現場処置
以前から指摘しているように、コードブルーでは現場での処置がやや過剰です。
第6話の解説記事「藍沢が現場で頭に何個も穴を開けた理由を医師が解説」でも書いたように、即座に搬送した方が良い場面でも、医師は現場で色々と医療行為を行いたがります。
もちろんここがこのドラマの一番の見せ場で、これがないと面白くありませんから、ある意味当然です。
しかし実際には多くの行為が救命士でもできますので、「現場に医師がいないと困る」ということがそう多くはないことに注意が必要です。
ただし、第2話の解説記事「医師が思う新人の医者が全然ダメな理由」の中で、現場に医師がいたからこそ救われた例を書きましたね。
緊張性気胸と、心タンポナーデのケースです。
ああいう場面では、搬送中の脱気や心のうドレナージが、患者さんの生死を左右する可能性はあります。
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気管切開と気管挿管
気管挿管は、口からのどを通って気管にチューブを入れることです。
ですから、ダニエルさんからのご質問
「抜管した後はどうなるのでしょうか」
の答えとしては、チューブをそのまま抜くだけです。
みなさんが全身麻酔手術を受ける際は、この気管挿管をされて人工呼吸器につながれます。
全身麻酔で完全に眠ってしまうと、呼吸が止まるからです。
手術が終わるとそのまま抜かれて終わりです。
私も全身麻酔手術を受けた経験があり、以下の解説記事でもまとめていますので、参考にしてみてください。
一方、気管切開とは、のどの皮膚を横に切開し、直接気管に穴を開けてチューブを挿入することです。
ちょうど「のど仏」の下のところで皮膚を切開すると気管に直接アプローチすることができます。
神経損傷なども気をつければ起こりませんし、比較的容易に行うことのできる処置です。
ただ、体に穴を開ける処置ですから、「気管切開でなければならない時」しか行いません。
救急の現場では、のどの奥で閉塞しているなど、口からの挿管ができない際に、緊急の気道確保のため気管切開を行うことがまれにあります。
ただ、最も多く気管切開を行うのは救急の現場ではありません。
ICU(集中治療室)などで、長期的な挿管が必要となった場合です。
ご家族の方が長期間人工呼吸器につながれ、この先長い間抜管できる見込みがないという時に、気管切開の説明を医師から受けたことのある方がいらっしゃると思います。
コードブルーでも、ICU(集中治療室)で人工呼吸器につながれて眠っている患者さんが出てくることがあります。
病状が思わしくなく、人工呼吸器のサポートを受けなければ自力で呼吸ができない方は、このように長い間挿管を続けることになります。
しかし、挿管できる期間には限度があります。
2週間まで、としているのが一般的です。
挿管は口の中に管が入り続けている状態ですので、患者さんにとっても負担が大きいこと、感染のリスクなど、様々な理由があります。
以上が気管挿管と気管切開の解説です。
これからも毎回のように気管挿管シーンが出てくると思いますが、この記事を参考にじっくり見てみてくださいね。
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