「劇場版コード・ブルー」公開を控え、7月23日より5日に渡ってスピンオフドラマが放送される。
サブタイトルは「もう一つの日常」。
医師としてはまだ成長途上にあるフェロー達が主役のショートドラマである。
コードブルーと名の付くドラマは全て濃厚に扱ってきたこのブログ。
今回ももちろん、全話に渡って徹底解説していく。
なお、内容としては相変わらずメッセージ性に富んでおり、テーマの選び方も非常に秀逸。
映画に向けて一気に期待が加速する内容となっている。
ぜひこの解説記事を読んでさらに楽しんでいただければと思う。
劇場版コードブルーのネタバレなし記事はこちら!
今回のあらすじ
灰谷(成田凌)は、ICUで外傷性腎損傷の少年の対応に悩んでいた。
腎臓周囲に尿の漏れがあるため、救命センターでは手術の方針となっていたが、少年の父親がネット記事を見て反論を唱えたからだ。
父親は、ネットには「保存的治療」、つまり「手術せずに治すべき」と書いてあると主張する。
相変わらず自分に自信の持てない灰谷は、
「保存的治療で経過を見ることもありますが・・・」
と、その主張に明らかに動揺を見せてしまう。
ところが、少年はその後急変しショック状態に。
保存的治療が有効、という父親の意見に惑わされている灰谷は、手術ではなく塞栓療法(血管を詰めるカテーテル治療)を行おうとエコーの準備を指示するが、ここで毅然と名取(有岡大貴)が反論。
「俺たちは医学部で6年、研修医で3年、実際に患者を相手に学んできた。読んできた医学書だって100冊じゃきかないだろ。」
「誰が書いたか分からないようなネットの情報なんてほっとけ!コウタくんの体を誰よりもわかってるのはお前だろ!」
名取の冷静な判断により、手術によって少年を救命できたものの、その後やってきた父親は案の定、
「保存的治療じゃダメだったんですか!?」
と不信感をあらわにする。
相変わらず動揺する灰谷に再び名取は、ネット記事の情報に従っていたら少年を救えなかったと説明し、
「今回コウタくんを救ったのはこのスマホじゃない、この灰谷先生です」
と強く父親に主張。
父親を納得させてしまったのだった。
私がこれまで書いてきたように、名取と灰谷は対照的で興味深いキャラ設定である。
名取は、医学に対する向上心に欠けるが、患者には冷静に対応できるドライな性格。
一方の灰谷は温厚で勉強家だが、精神的トラウマで一時ヘリに乗れなくなるなどメンタル面での弱さを持ち、急な場面での柔軟な対応は苦手である。
今回やってきた、
「ネットの誤った情報を信用した患者さんに治療方針について反論される」
というのは、まさに現代の医療現場で私たちがしばしば遭遇する「困ったシチュエーション」の典型例。
名取が途中で灰谷を諭したように、特にフェローのような若手の医師がこうした患者さんに対応する時は、
「科全体で話し合った結果、これが患者さんに最も適切な方法だというコンセンサスが得られている」
として、「科の総意」であることを強調することが大切だ。
患者さんにとっては、担当している医師が若手であるほど信用できないのは当然だからである。
灰谷は今回この事例でこのことを痛感しただろう。
さて、今回の腎損傷の対応として、少年の父親の主張は医学的に正しいのか?
と疑問に思った方も多いだろう。
これについて簡単に説明しておこう。
外傷性腎損傷の適切な対応は?
外傷性腎損傷とは、その名の通り外傷によって腎臓に傷がついたり、断裂したりすること。
腎臓は、全身の血液が流れ込んで尿を生成する臓器であるため、損傷によって尿の漏出や出血が問題となる。
また、腎臓周囲には大腸や脾臓、膵臓といった他の臓器も近接しているため、
「腎臓以外の損傷はないか?」
も非常に大切なポイントだ。
今回は、「尿の漏れ」だけに注目すれば、確かに手術せずに保存的治療(手術なし、内科的な治療)を提案した父親の意見には一理ある。
しかし一方で、腎臓が深い部分まで損傷している場合に保存的治療を行うためには、
「血行動態が安定していること」
「尿の漏れが持続進行していないこと」
が必要条件であり、さらに、
「生命を脅かす合併損傷を見落とさないよう注意する」
とガイドライン上も忠告されている。
保存的治療を選択するには、「本当に手術しなくても大丈夫か?」をかなり正確に、慎重に判断する必要がある。
ここの判断を間違えると、治療が後手に回り、患者さんの負担を減らすつもりがかえってリスクにさらしてしまうことになるからだ。
今回、少年が大出血を起こしてショックとなったのは、腎臓が深い部分まで損傷し、周囲の大血管の合併損傷があったためだ。
また、尿の漏れが持続的に進行していた可能性もある。
急変のリスクがあるから手術を検討する、という科としての方針が正しかったということである。
患者さんがネットなどで調べる情報は、私たちにとって、
「状況によっては一理あるが、今の患者さんには当てはまらない」
と考えられるものが非常に多い。
医療情報を調べるのは簡単だ。
だが本当に難しいのは、
「その医療情報が今目の前にある個々の症例に適応できるかどうか」
の判断である。
これは、背景知識が十分な専門家であってもなお非常に難しいことである。
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真の意味で親身にはなれない医者
名取は正しい説明で父親を納得させ、灰谷を窮地から救ったわけだが、その後そのやりとりを見ていた橘(椎名桔平)に叱られることになる。
「父親に謝ってこい」
「親っていうのはな、ちょっとした変化を見逃したことで自分の人生に取り返しのつかないことをしてしまったんじゃないかって不安になるんだ」
過去に息子の心疾患の治療に悩んだ経験から、「(親は)自分のこと以上に悩むものだ」と名取に打ち明けた橘は、
「お前はまだ親の不安を知らない、たとえ正しいことでもそれを知らないお前が親を責めるべきじゃない」
と冷静に諭す。
こうした橘の忠告も、若手医師にとっては非常に重要なメッセージである。
そもそも(私も含め)若手の医師は、たいてい人生経験は患者さんより短い。
まだ結婚していない
父親や母親になったことがない
高齢者の介護を経験したことがない
こうした人生経験の不足は、どれだけ医学的知識を磨いても、どれだけ難しい症例を経験しても、決して補うことができない。
橘の言う、
「お前はまだ親の不安を知らない」
というのは、そういう面での未熟さを自覚すべきだ、という重要な教育である。
私たちはどれほど年老いても、本当に全ての患者さんの身になって考えることはできない。
医師に求められるのは、
「一生かけても分からない、ということが分かっている」
という謙虚さである。
しかし橘は名取を厳しく叱った後で、
「だが同僚のために熱くなることは悪くない」
と名取をフォローする。
かつてはこうした熱さを微塵も見せなかった名取の成長を、肌に触れて感じたからである。
スピンオフ第2話はこちら!
劇場版コードブルーのネタバレなし記事はこちら!
(参考文献)日本泌尿器科学会「腎外傷診療ガイドライン 2016年版」