第6話は、もはや解説記事は不要かと思われるほど処置・手術シーンが少ない。
娘が結婚を勝手に決めたことが原因で喧嘩になり、父親を屋根から突き落としたヤンキー風の女性。
しかし、父の末期がんの発見がきっかけでお互いを理解し合う。
偶然骨折で搬送されてきた藍沢(山下智久)の祖母は、認知症とせん妄で混乱状態。
小さい頃から祖母に育てられた藍沢は、変わり果てた祖母の姿に心を乱される。
しかし最後は「耕作」の名前だけは覚えていたことを知って涙を流す。
教育に厳しすぎる父親に反抗した少年は、父親が体調を崩したのは自分がネットで仕入れた黒魔術をかけたからだと主張する。
少年の言う通り、父親は前後不覚になって植木鉢の土を食べるなど異常行動を取り始めるが、最終的には髄膜炎が原因であることが発覚。
治療に成功し、少年に、
「厳しい親父さんだけど許してやりな、それだけ君に期待しているということさ」
と笑顔で諭す藤川(浅利陽介)に、他のフェローにはない優れた人格を垣間見る冴島(比嘉愛未)。
何とも情緒あふれる穏やかなストーリーだ。
だが、こういう情緒的なストーリーになると、現場の医師の立場では違和感を感じてしまうことが多い。
何に違和感があるか?
他の医療ドラマにもよく感じることなので、今回はじっくり解説してみたいと思う。
家族の異変に医師は動揺しない
医療ドラマでは、自分の家族が入院したり病気になった時に医師は動揺するもの、という前提があるようだが、これは全くの誤解である。
家族のオペなど進んで自分がやるし、自分の家族なら、むしろどれだけ重症でもドライに診療できる。
お互い十分に信頼関係にない赤の他人の患者さんがトラブルを起こしたりする方が、よほど精神的にはすり減らす。
祖母の状態が悪くても冷静でいる藍沢を、周囲の人が余計なほど心配しすぎである。
私の記事でよく引き合いに出すドラマ「A LIFE」では、「家族のオペを誰がやるか」がドラマのテーマにすらなっていた。
しかし「ドラマ「A LIFE」に医師が感じる3つの違和感」でも書いたが、家族のオペはむしろ一番安心感をもってできるという外科医は多い。
訴訟の心配がないから、と言う医師もいるくらいだが、私もそれは一理あると思う。
三井(りょう)が気丈に振る舞う藍沢を見て、
「立派ですね、たった一人の家族があんなことになっても動揺することなく淡々と業務を遂行している。私はできなかった」
と、過去に自分が患者に感情移入しすぎたせいで母体と胎児を共に死なせてしまった判断ミスを引き合いに出して言うシーンがある。
私はあまりこのセリフに共感することができない。
三井が犯したミスは、まさに家族でない人にドライに接することがいかに難しいかを示す好例だ。
だが、家族の病気に医師がドライに接することができるのはごく普通のことだ。
藍沢も、こんなことで褒められても困惑するのではないか(実際していたようだが)。
引き合いに出すたとえが間違っていると私は思う。
また、そもそも職員の家族(特に医師の家族)が入院しているとなると、看護師含め医療スタッフはかなり気を遣う。
他の患者さんと平等に扱うべきなのは当然なのだが、
「◯◯号室にいるのは△△先生のご家族」
ということをどうしても意識せずにはいられない。
だからこそ、自分が藍沢の立場で、自分の家族が病棟で大暴れして看護師ら病棟スタッフに迷惑をかけていたら、むしろ居ても立っても居られないほどスタッフに申し訳ない気持ちになる。
もちろん病状が心配という気持ちもあるが、もっとドライ、というか医師は冷静に状況を見ている。
私がこの第6話の全編に漂う妙な雰囲気が何とも辛かったのは、こういうことが理由である。
絹枝さんの病状を徹底解説
大腿骨骨折で翔北に搬送された藍沢の祖母、絹枝さん。
急な環境の変化で認知症が悪化し、せん妄を起こして暴れ、藍沢含め医療スタッフがその治療に難渋する。
この絹枝さんに起こった様々なことについて解説をしてみようと思う。
誤嚥と誤飲の違い
まず、絹枝さんは財布をぶちまけて小銭を誤嚥してしまう。
結局は、マギール鉗子を使って白石が処置をし、事なきを得る。
「誤嚥(ごえん)」とは、気管に異物が入ってしまうこと。
液体を誤嚥すると、肺炎を起こすなど重症化して命に関わることもある(誤嚥性肺炎という)。
若い人なら咳が出て気管から異物を追い出そうとする反射が起こるため、大事には至らない。
しかし高齢の方は咳反射が弱まっているため、重篤な誤嚥が起こってしまう。
ちなみに誤って異物を飲み込むのは「誤飲(ごいん)」で、意味は全く違う。
こちらは異物が入るのは消化管だ。
つまり、食道を通って胃に入る。
小銭の「誤飲」であれば、胃内に落ちていれば心配はない。
無理に取るというようなことはせず、便として出てくるのを待つだけである。
また、マギール鉗子とは異物を除去するための大きくて長い鉗子のこと。
子供や高齢者が異物を喉に詰まらせた時によく使うので、救急外来には必ず用意されている。
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認知症とせん妄の違い
絹枝さんは、認知症が入院後に悪化し、藍沢の顔もわからなくなってしまう。
高齢の方が、長期入院や手術がきっかけで認知症を発症したり、認知症が悪化することは非常によくある。
白石(新垣結衣)が言っていた通り、身近な人が頻繁に話し相手になることでそれをある程度防止できる。
みなさんもご家族が入院する際は、頭の片隅に置いておいてほしい。
ただ実際には、ご家族の方にとって入院は介護から解放される瞬間でもあり、家庭環境によっては事態はそう単純ではない。
この辺りは、この記事には書ききれないほど複雑な問題である。
また、認知症のあるなしに関わらず、入院や手術をきっかけに「せん妄」になる人も非常に多い。
こちらも高齢の方に多いが、若い方でもなることはある。
せん妄とは意識障害の一種で、一時的に時間や場所、周囲の状況などが全くわからなくなり、混乱状態に陥ること。
幻覚を見たり、つじつまの合わない言動を起こして治療の妨げになる。
また、ベッドから落ちたり、大事な管(点滴やドレーン)を抜いたりなど、本人にとっても危険であるため、体をベッドに帯で固定して行動を抑制し、時に鎮静剤を使うこともある。
絹枝さんが大暴れしているのを見て藍沢が、
「鎮静剤だ!抑制帯も持ってきて!」
と指示したのは、あのように暴れて危険な患者さんに対して行う適切な行為である。
術前は非常に真面目で礼儀正しかった患者さんが豹変し、ご家族がショックを受けることも多い。
全身を帯で固定され、手には大きな「鍋つかみ」のような手袋をつけられている姿を見てご家族が唖然としないよう、事前にせん妄の可能性は伝えておくのが通例である。
認知症と違う点は、せん妄は一時的な意識障害なので、時間がたつと自然に回復すること。
そして、本人はその時のことを全く覚えていないという特徴がある。
以前私の同僚に色白で肥満した男性がいたが、せん妄になった担当患者さんから、
「白豚が来た!殺される!」
と怒鳴られ、
「せん妄のはずなのに正しい状況判断ができている」
とショックを受けていたのを未だに思い出す。
もちろんご本人に悪気はなく、一過性の意識の障害であるため、適切な治療で回復する。
絹枝さんは何科の患者なのか
絹枝さんの診療体制は実に奇妙である。
なぜか脳外科医である西条(杉本哲太)が、直々に足繁く通っている。
本来はせん妄の専門家である精神科医にコンサルト(相談)すべきで、精神科がしっかりせん妄の治療に関わるべきだ。
また、救急部が管理する病棟に入院し続けているのも妙な話だ。
大腿骨骨折を治療しているはずの整形外科医はどうしているのだろうか?
大腿骨(頸部)骨折は、高齢者の転倒時にで非常によく起こる外傷で、人工関節や人工骨頭を入れる手術をする。
その術後管理や看護、そして最も重要となるリハビリは、専門病棟でなくてはまずできないはず。
やはり整形外科病棟にいなければおかしいのだが・・・。
というわけで、今回は処置や手術シーンがないため、前回と打って変わってツッコミに終始してしまった。
さらに最後にどうでも良いツッコミをもう一つ。
髄膜炎の患者さんの検査も、末期癌の患者さんの検査も、いずれも頭部レントゲン写真がデカデカと掲げられているシーンがあった。
骨折を疑うような頭部外傷以外で、頭部レントゲンを撮影することはまずありえない(CTやMRIはあっても良いが)。
こういう、医学的に意味が理解できないシーンは3rd SEASONでは全くない、ということを今回も繰り返し強調しておく。
では次回もお楽しみに!
第7話の解説はこちら!
1st SEASONまとめ記事はこちら!