第9話は、指導医黒田(柳葉敏郎)に次々と災難が降りかかる、重苦しいストーリーである。
安全確認を怠って工場の奥に入った白石(新垣結衣)を身を艇して救った黒田の右腕が100kgの鉄骨の下敷きになってしまう。
レスキューの手も足りず、搬送を優先するため止むを得ず現場で藍沢(山下智久)が右腕を切断(ここまでは第8話)。
搬送後に森本(勝村政信)が接合術を行なったが、機能回復は絶望的。
黒田は外科医生命を絶たれることになってしまう。
自らのミスを責め、精神的にも不安定になる白石。
他の医師なら切断以外の方法で黒田を救えたかもしれない、と悩む藍沢。
暗雲立ち込める翔北救命救急センターに、空港でエスカレーターから転落して全身を打撲した少年のドクターヘリ要請が入る。
現場にいたのは、なんと黒田の元妻。
事故にあったのは、黒田の息子だった。
黒田は、仕事一筋で家庭を顧みなかったことが原因で妻と離婚し、独り身の生活を送っていたのだった。
少年は外傷性肝損傷の重傷。
三井(りょう)はフェローたちと手術を行い少年は一命を取り留めるが、黒田をさらなる不幸が襲う。
少年に脳腫瘍があることが発覚し、こちらも手術を行わなくてはならなくなってしまうのだった。
さて今回はコードブルーの中でも非常に重要な、黒田の腕切断後の治療が描かれる。
この時指導医の右腕を救えなかった藍沢は、3rd SEASON最終回、似たシチュエーションで藤川(浅利陽介)の足を救う。
私の3rd SEASON最終回の解説記事に対して、
「かつて黒田の時に同じ手が使えなかったのか?」
というご質問をいただいた。
今回改めて見直し、それに対する答えを書いてみたい。
また今回は、黒田の治療中の大事なセリフに専門的でわかりにくい会話が多い。
例えば、手術中に森本が藍沢に、
「汚いところ、デブって洗っといて」
「あとは、ヘパリン投与と抗生剤で経過観察だ」
と指示する場面。
術後にベッドサイドで藍沢が黒田に、
「プロスタグランディン静注してます」
その後、森本が藍沢に目で退席を促したのち、
「黒田先生、ムンテラさせてください」
と神妙な面持ちで話す。
また黒田の病状を説明する三井が白石に、
「断端の軟部組織の挫滅(ざめつ)がひどかったけど、何とか接着できたみたい」
何となく意味はわかるものの細かいセリフが理解できず、もやもやした気分になった方が多いのではないだろうか?
ここに挙げた専門用語は、四肢切断後の再接合の治療においては全てが1本のストーリーとして簡単に理解することができる。
こちらについてもわかりやすく説明しよう。
なぜ黒田の腕は救えず、藤川の足は救えたのか?
3rd SEASON最終回では、藤川の足が瓦礫に挟まれるというよく似たシチュエーションに出くわす。
このときは藍沢による足の血流遮断と瀉血という処置によって時間を稼ぎ、切断を免れた。
これについては「コードブルー3 最終回 解説|クラッシュシンドロームと横紋筋融解症はなぜ怖いのか?」で解説した。
では黒田の場合、この方法は使えなかったのだろうか?
「腕の切断」以外に方法はなかったのだろうか?
他に方法があったかもしれない、ということを森本が藍沢に臭わせる場面もあったので、少し考察してみよう。
藤川のシーンで藍沢が優れていた点は、
・レスキューが圧迫解除できるまで何時間かかるか?
・足をあと何時間血流遮断できるか?
を冷静に計算できた、という時間感覚にある。
あの時点で藍沢は、
がれきを除去できるのは、血流遮断から2時間後
足の血流遮断は2時間が限度(これ以上遮断すると壊死)
つまり搬送にかかる時間を稼ぐことができれば助かる
という正確な算段をしたわけだ。
もし搬送に30分かかるなら、あと30分遮断を継続できれば足を救える、ということである。
本来2時間以上血流遮断できない足を、2時間以上遮断するための奥の手が「瀉血」だった。
瀉血はそもそも大量に血液を失うハイリスクな治療。
この時間感覚がなければ踏み切れなかったことだ。
一方、同じく黒田の腕は、鉄骨に押しつぶされて大量出血している状態だった。
レスキュー隊は当分対応できない状態で、そのまま放置すれば大量出血で死亡する。
止血のためなら、藤川のときのように腋窩(わきの下)で動脈を遮断することは、足よりは難しいが不可能ではない。
だが腕の血流遮断は同じように2時間が限度。
したがってここでのポイントは、
レスキュー隊が鉄骨を除去できるのは何時間後か?
ということになる。
これが全く読めなかったのなら腕切断は賢明な判断である。
結局切断することになってしまうなら、その判断は早ければ早いほど良い。
搬出に時間がかかりすぎると、機能回復どころか接合自体が不可能になり、義手になってしまうからだ。
逆に言えば藤川のシーンでも、もしレスキューのトラブルで結局救助に予想以上に時間がかかったら、2時間以上血流遮断後に足切断、という最悪の事態が起こる。
こうなったら再接合自体が絶望的。
よって3rd SEASONでの藍沢の治療は、これだけギリギリの作戦がとれるという藍沢のメンタル面での成長によるものでもあったとも言える。
また藍沢がもしのちのち黒田の腕切断のことを悔やんでいたとして、その理由を想像するなら、
「とりあえず血流遮断し、レスキュー隊が鉄骨を除去できるまでどのくらいかかるかを調べてみる」
という手を考えなかったことにあるかもしれない。
藍沢の、
「俺の処置は正しかったんでしょうか?もしもあの時現場に森本先生がいたら黒田先生は腕を切断しなくて済んだかも」
という質問に森本は、
「あのとき現場にはお前がいた、俺はいなかった、それがすべてだ」
と答え、藍沢の行為を肯定も否定もしなかったのは、そういう理由があったのかもしれない。
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上肢切断再接合術とはどういう手術か?
指や上肢(腕)の切断は、工事現場や工場などで起こるケースが多い。
再接合できるかどうかは、切断してからの時間(6-8時間を越えるとつながらない)や、断端(切れ端)の状態による。
今回は三井が説明したように、「断端の軟部組織の挫滅(ざめつ)がひどい」とのことであった。
つまり、鉄骨のせいで切れ端の組織がえぐれ、潰れたように傷んでいたということだ。
こうなると、その部分を通っている動脈や静脈、神経、腱が複雑にダメージを受けている可能性が高く、治療が難しくなる。
一方、ナイフのような鋭利なものでスパッと腕が切れた場合、断端の組織のダメージは少ないため、接合はしやすい。
おそらく今回のケースは、腕の断面上半分は鉄骨が食い込んで挫滅し、下半分は藍沢がメスで切ったために綺麗だったと推測できる。
(詳しい説明はないため、あくまで推測)
手術では、切れ端にある傷んだ組織を切除、除去することが大切だ。
お互いがきれいな組織同士でないとうまくくっつかない、と考えるとわかりやすい。
この操作を、「デブリドマン」と呼ぶ。
「デブっといて」は業界用語で、「デブリドマンしといて」のことである(あまり言わないが)。
その後は、骨、血管、神経、腱をつなぎ合わせていく。
これらは、手術顕微鏡を用いたマイクロサージェリーで行う。
藍沢と森本が覗き込んでいたのはこれだ。
血管は、うまくつなぎ合わせることができても、その部分に後から血栓ができて詰まってしまうことも多い。
そこで血栓ができないように、血が固まりにくくなる薬と、血管を拡張する薬を使う。
前者がヘパリン、後者がプロスタグランディンである。
この流れがわかっていれば、藍沢、黒田、三井のセリフの意味がわかるだろう。
「ムンテラ」という言葉はドイツ語の「ムントテラピー」の略で、
「病状説明や患者さんとの面談、術前の説明」
など広い意味を持つ業界用語である。
最近では「ムンテラ」はあまり使われず、「IC」という言葉を使う医師が多い。
ICは「インフォームドコンセント」の略だ。
ちなみに3rd SEASON最終回のラストシーンの解説記事「コードブルー3 最終話のラストシーンを医師が徹底的に解説してみます」の中で、あえて省略したセリフが一つだけある。
初療室で藍沢らのところに遅れてやってきた藤川(浅利陽介)が、足をひきずりながら言った、
「悪い、脊損患者のICが長引いた」
とうセリフである。
あまり良いセリフではないのでカットさせてもらったが、この「IC」がつまり、ここでの「ムンテラ」と同じ意味だ。
7年の間のトレンドの変化に合わせた言葉の使い分けである。
この微妙なセリフの言い回しなど、脚本製作段階から医師が監修に濃厚に関わっていることがよく分かる。
いずれもあくまで業界用語で、医学的に正しい言葉ではないため、これらの言葉を嫌う医師も多い。
「病状の説明」とか「術前の面談」、「術後の説明」などきっちりした言葉を使いなさい、と指導する人もいる。
私は、便利に使えて共通認識のある言葉なら、俗語の使用に厳しく目くじらを立てる必要はないのでは?という考えである。
さて、それにしても今回私が最も強く思ったことは、
「森本先生がすごすぎる」
ということだ。
今回、翔北の救急救命センターでは森本が最も優秀であることがよく分かった。
なぜそう思うのか?
長くなるので、続きは次回の記事で詳しく解説しよう。
第9話解説記事後編はこちら!
1st SEASONまとめ記事はこちら!