前回はドクターXの手術シーンに見られるツッコミ所について解説しました。
今回は、人物や役職に関する設定に関してツッコミを入れてみようと思います。
大門未知子のような完全にフリーランスな外科医は実際には存在しません。
なぜ存在し得ないのかということを、先日の第4話を例に説明してみます。
またドクターXでは、
大学病院の教授クラスは手術が下手
というのが前提となっているようです。
第4話では患者さんである女性が森本のことを、
「よく大学病院にいる学歴が白衣を着ているような人ではありません」
と言いましたね。
大学病院で地位の高い外科医は頭でっかちで、手術や日常診療をおろそかにして、出世を目論んでせっせと論文を書いている、という意味でしょう。
実際はどうなのでしょうか?
それについても合わせて解説してみましょう。
フリーランス外科医はなぜ存在しないのか
大門未知子は、医師斡旋業を営む神原名医紹介所からの派遣で東帝大病院に勤務しています。
今はどうやら東帝大と専属契約しているようで、非常勤医として働いている設定です。
その勤務スタイルは自由で、朝の回診に参加できない時間に出勤し、毎日17時ぴったりに帰宅します。
「医師免許がなくてもできる仕事は致しません」
が名言ですから、ドクターXでは「医師免許が必要な仕事」=「手術」という認識です。
しかし、患者さんに行う治療の中で外科医が「手術のみ」に関わるということは、実際には非常に難しいことです。
たとえば第4話のケースを例に挙げてみます。
日本医師倶楽部という謎の組織の会長である内神田の娘と偽って現れた女性。
大きな肝細胞癌を患っていましたが、大門の手術によって無事回復します。
あのような大きな肝切除では、一定の確率で肝不全を起こすリスクがあります。
ひとたび肝不全を起こすと救命は困難になるので、非常にシビアな術後管理が求められます。
術当日は当然のことながら、翌日も朝一番に患者さんのところに行って診察し、検査データなどを確認します。
特に外科医にとっての朝は、その日の手術に入るまでの時間が勝負なので、限られた時間でフル活動です。
厳しい手術であればあるほど、術後管理で外科医の腕が問われます。
術後にさっさと帰って麻雀をしている場合ではありません。
どんなに良い手術をしても、ここを怠ると治療がうまくいくことは決してありません。
また肝細胞癌の特徴は再発率が高いことで、5年以内に70〜80%が再発します。
特に今回の女性のように下大静脈という太い静脈に浸潤しているケースはステージ4で、5年生存率は10%以下です。
術後の長期的な再発の予防や、再発後の適切な治療が彼女の人生を左右します。
退院後も外来に定期的に通院し、血液検査やCT検査などを行いながら、再発の気配がないか慎重に観察します。
再発の疑いがあればすぐに精密検査をし、ベストなタイミングで再手術に持っていく必要があります。
次に手術するときは、彼女にとっては3度目の開腹手術。
手術しても本当に治るのだろうか?
自分はどのくらい生きられるのだろうか?
様々な不安と戦いながらの手術になるでしょう。
そこに突然外来に一度も顔を見せないような医師がやってきて、
「私切りまーす。オペうまいので」
と言われても、誰も「この人に手術してもらいたい」とは思わないでしょう。
手術に限らずあらゆる治療は、医師と患者間に相当の信頼関係がなければ成立しません。
特に今回のように若い方の場合、仕事や結婚、家庭のことなど、様々なイベントとの兼ね合いや意思決定に医師が関わる必要があります。
患者さんと共に長期的に治療に取り組めるような勤務体制でないと、外科医は務まりません。
もちろん「技術指導」という形で外科医が手術だけにピンポイントで関わる場面はあります。
たとえば、ロボット手術など新しい術式を取り入れるため、その道のスペシャリストを呼んで技術指導をしてもらう。
所属先は別の大学病院や先端病院で、その日だけ指導医としてやってくるわけですね。
もちろん患者さんの同意の上で、です。
これは新しい技術を安全に広めるためには必要なことです。
もちろん招かれた外科医は私たちに「私、失敗しないので」とは言いません。
必ずこう言います。
「術後のことはよろしくお願いします」
そのくらい、術後管理が手術の良し悪しを左右するからです。
なお、患者さんを担当しない科の医師はフリーランスのような勤務が可能です。
麻酔科や放射線科、病理診断科などはそうですね。
ちなみにこの本はフリーランスの麻酔科医が書いて話題になった本です。
誰もが言いにくい医師の裏事情を赤裸々に書いてしまっているので
お勧めするのは憚られるのですが、興味があれば読んでみてください。
俗っぽいタイトルからはあまり想像できないくらい、結構「マトモ」な本です。
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教授は手術が下手なのか?
ドクターXでは、大学病院の地位の高い人たちは論文は書くが手術は下手で日常診療をおろそかにしている、という設定が前提となっています。
「論文の手伝い、致しません」
の決め台詞がそれを揶揄していますね。
「3タカシ」こと、海老名、鳥井、猪又は3人とも教授という設定ですが、揃いも揃ってオペの腕は冴えない割に出世への野望は強そうです。
大学病院で地位の高い人たちは患者を診ず、論文や学会など学術的な活動に精を出して出世を狙っている。
これがドクターXでは既成事実のように扱われているようです。
これは事実なのでしょうか?
実はこれは、全くの大間違いです。
多くの大学病院の外科系教授は、手術の腕が卓越した人たちです。
教授は多くの医師を束ねる医局のトップです。
当たり前のことですが、外科医の技術指導も教授の職務ですから、多くの場合、技術でも実績を積み重ねた人が教授になります。
ドクターXでは頻繁に「白い巨塔」という言葉が出てきます。
封建的なトップダウン式の組織を批判的に表した言葉ですね。
しかし山崎豊子の「白い巨塔」という小説やドラマを見た方はよく思い出してみてください。
主人公の、のちに教授となる財前五郎は胃癌手術のスペシャリストです。
特に上部胃癌の手術を得意とし、手術は凄まじいスピードとクオリティで、その名は世界に知られていました。
胃癌の術式に関する論文を発表し、海外の学会に招かれ、ドイツ語で見事な発表を見せます。
財前が教授を務めた浪速大学病院は、大阪大学病院がモデルとされ、「白い巨塔」はその緻密な取材で書かれた小説です。
50年以上前からすでに、手術の技術面でも論文や学会などの学術面でも優れた人材が教授に選ばれていたということです。
先日の第4話では、肝細胞癌に対するギリギリの肝切除を行う場面がありました。
私は解説記事で、肝臓癌でどのくらい肝臓を切除できるかは肝臓の機能に大きく左右される、ということを述べました。
肝機能を術前に厳密に評価して切除範囲を決めないと、
「癌は取り切れたけれど患者さんは肝不全で亡くなった」
ということが起こりうるからです。
この「肝機能がどのくらいならどこまで切除して良いか?」に関する精密なルールを作って世界に先駆けて論文発表したのはかつての東大教授です。
今やこのルールは世界中の外科医が当然のごとく使っており、その名を知らない外科医はいません。
肝臓外科手術の腕は世界トップクラス、国内外で技術指導をし、手術に関する論文も多数発表しています。
これが大昔からの、大学病院で地位の高い外科医の姿です。
よってドクターXでの教授の描き方は、もはや漫画ですらないくらい「めちゃくちゃ」と言って良いでしょう。
地位は高くて威張ってはいるが能力はイマイチ、という上司を出し抜いてカタルシスを得る、という「半沢直樹」的な演出は、もう大学病院が舞台では不自然すぎる気すらします。
私もドラマとして楽しんで見ていますが、こういう細かい設定が「外科医あるある」だと思われては困るので、しっかり突っ込んでみました。
これからも「これはホントなの!?」と思ったことがあれば、ぜひコメントをいただけたらと思います。
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