第3話のストーリー解説はこちら
ドクターXではよく「本物っぽさ」を表現しているようで、実は「全くリアルじゃない」外科医の仕草や行動があります。
むろん、そもそもリアリティが目的ではないドラマですから、リアルでないのは当たり前です。
エンターテイメントとして評価の高いドラマの揚げ足をとる気も全くありません。
ただ、いかにも「カッコ良い外科医」を描こうとしているのに、それがことごとく変、というポイントは、同業者から見てかなり気になります。
どこが変なのか?
例として、先日の第3話を振り返って解説してみたいと思います。
手洗いシーンとマスクが変
第3話では、肺癌(実際には甲状腺癌の転移)の患者さんの手術に、執刀医猪又(陣内孝則)、第一助手大門(米倉涼子)という布陣で挑みます。
まず大門が手術室前の手洗い場で、思案を巡らせながら手洗いをしています。
ここに猪又が、
「足手まといにだけはならないでくれ」
と嫌味を言いながらやってきます。
奥で第二助手の森本(田中圭)も手洗いをしているようです。
ところがこの全員が、なぜかマスクの紐を下側だけ首の後ろで結んで、胸の前に垂らしています。
ドクターXでは結構よく見るシーンです。
マスクを垂らしているのが何となく「外科医っぽい」と思われたのかもしれませんが、絶対に誰もやりません。
手を洗ってしまったら、上の紐を自分で結べなくなるからです。
上の紐、下の紐がピンと来ない方は下の画像をご覧ください(ネット上のフリー素材です)。
手洗いは手を清潔にする行為なので、その後は手術用の滅菌手袋以外は触ることができません。
滅菌手袋を装着してしまえば、消毒された患者さんの体や滅菌されたガウンなど、無菌のものしか触ることができません。
万一それ以外のものに触れてしまったら、すぐに手袋を新しいものに交換です。
ですから、手洗い前にマスクの紐を上下ともきっちり結んでいないと、外科医が揃いも揃ってオペナースに「紐を結んで下さい」と言う羽目になります。
しかもマスクの紐の結ぶ強さは、これから始まる長い長いオペの快適さを左右します。
絶対に自分で手洗い前に結んでおきたいものです。
ちなみにマスクと言えば、両側にゴム紐が付いていて、それを耳の後ろに引っ掛けるタイプを想像しませんか?
こういうタイプです。
一方ドラマでは必ず、上下の紐を頭と首の後ろで結んでとめるタイプを使っていますね。
これ自体はリアルで、外科医の大多数は紐で結ぶタイプを使います。
ゴム紐のマスクも手術室に置かれていますが、これを好んで使う外科医はごく少数です。
なぜわざわざ面倒くさい方を選ぶのでしょうか?
ゴム紐タイプでは、このゴムの強さを自分で調整できないからです。
ゆるすぎて途中でずれても修正できませんし、きつすぎると耳が痛くなります。
一旦手術が始まれば何時間もそのままですから、小さなことでもストレスを感じないよう、手術に入る前は気を配りたいわけです。
手術が終わるまで自分の顔を触ることは一切できませんからね。
ちなみにオペナースはゴムの方をよく使います。
ナースは途中で複数のメンバーが交代しますし、ゴムの方が装着しやすくて便利だからでしょう。
最後におまけですが、大門は必ず手を洗うときブラシを使っていますね。
これも今ではほとんど行われません。
昔はブラシを使って洗っていた時代がありましたが、皮膚が傷つくことによる感染リスクが問題になり、ブラシは使用されなくなっています。
(昔からの習慣でブラシを続けている人も一部にはいますが)
マスクについてはこちらでも解説しています。
手術器具の使い方が変
今回の手術シーンを振り返ってみます。
まず最初に猪又が、
「メス!」
と言って皮膚に切開を入れます。
次に、
「モノポーラー」
と言いますが、これを左手でもらっています。
これは、あの場面では実は不自然です。
お腹の手術の時、原則執刀医は患者さんの右側に立ち(患者さんから見て右側)、ナースはその足側に立ちます。
左手にモノポーラーをを渡すとどうなるでしょう?
術者の手かオペナースの手のどちらかが術野を横切ることになってしまいます。
他の人の視野をなるだけ遮らないのが手術の原則です。
ちなみに「モノポーラー」とは電気メスのことです。
次に、腫瘍が上大静脈(胸の中を通る最も太い静脈)に浸潤していることがわかり、猪又は「ペアン」という鉗子を要求します。
ペアンとはこんな鉗子です。
この後もやたらペアンを多用し、これを開いたり閉じたりしていますね。
これは組織を剥離(はくり)する操作です。
これをペアンでやることは原則ありません。
ペアンとは、主に何かをつかんでおくために使う鉗子で、血管や腫瘍周囲の繊細な剥離操作はできない代物です(昔は「止血鉗子」として血管を挟んでおくのにも使っていました)。
先端が太くて短すぎるためです。
剥離のためにはちゃんと「剥離鉗子」と呼ばれる、先がシャープで長い鉗子があります。
「ここでペアンはないだろう」
と思っていたら、案の定血管損傷し、大出血してしまいます。
大門はため息をつきながら、
「そこは上肺静脈を結紮切離!」
と指示。
猪又はムキになって、
「そんなことは言われなくてもわかっていた!2-0シルク!」
と糸をもらって糸結びを始めます。
この糸結びがなんと・・・驚くほど完璧な手つきです。
ちなみにドラマ「A LIFE」でも糸結びのシーンはよく出てきました。
外科医沖田役の木村拓哉さんが糸結びをかなり練習されたことが話題になっていましたね。
ところが、この天才外科医沖田よりダメ外科医猪又の糸結びの方が遥かに上手なのです。
要するに、猪又のシーンは手だけ別人です。
慣れた医師がスタントで入っているのでしょう。
手元のアップは1秒くらいしかありませんが、この1秒ですぐにわかってしまいます。
外科医(特に消化器外科や心臓外科)は糸結びが命です。
細い糸、太い糸、材質も様々、角度や深さも様々、結ぶ相手である組織の硬さも様々、あらゆる場面で完璧な糸結びができなくてはなりません。
しかも一回の手術で何百回と糸結びをします。
そのためか、ドラマでも糸結びをする手にはじっくり注目してしまいます。
余談ですが、手術器具のリアルさに関してはコードブルーの右に出るものはありません。
様々な場面で選ぶ道具の種類、その扱い方はほぼ完璧で、非の打ち所がありません。
これほどまでリアルにするには、相当監修が大変だったでしょうし、俳優さんたちの練習も大変だったはずです。
コードブルーの手術シーンは以下の記事にまとめていますので、未読の方はぜひ読んでみて下さい。
コードブルー3 医師が解説|冴島看護師はなぜ優秀か?手術のリアリティ
コードブルー3の医療器具/用語を医師が全て解説|第6話までを振り返って
コードブルー3の手術シーンに外科医がリアリティを感じた3つのポイント
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麻酔科医城之内のセリフが変
最後は麻酔科、城之内(内田有紀)のセリフです。
今回は手術が始まる前に、
「血圧110の76、脈拍75でサイナス」
と言いましたね。
城之内が手術前と手術後に言うカッコ良い「決め台詞」で、これに突っ込むと城之内ファンから叱られるかもしれません。
勇気を出してツッコミを入れますと、こんなことを言う麻酔科医はいません。
手術中に血圧や脈拍に変動があれば、その変化を麻酔科医が教えてくれることはあります。
外科医は手術中に術野から目を離せないからです。
しかし、術前や術後に外科医が血圧や脈拍を知りたければ、自分で真横にあるモニターを見れば良いだけです。
麻酔科医があえて言う必要のないことを言うシーンが毎回あるのは、結構違和感があります。
また、モニター上の血圧や脈拍は刻一刻と変化しています。
心拍数75と言った次の瞬間には75ではなくなっています。
決め台詞としてズバッと宣言するにはちょっとふさわしくない数字かもしれませんね。
また、「サイナス」とわざわざ言うのも変です。
「サイナス」とは「sinus rhythm(サイナスリズム)」の略で、日本語で「洞調律」です。
「脈拍が規則正しいリズムだ」「不整脈がない」という意味ですね。
もし不整脈があるなら、たとえば
「心房細動があります」
くらいは言うかもしれません。
しかしサイナスならあえて「サイナス」と言う必要もないでしょう。
では手術が始まる前に何を言うか?
というと、これは「タイムアウト」と呼ばれる一連の確認項目が施設で決まっています。
一つの例を挙げてみます。
まず執刀医が、患者さんの名前、年齢、性別を言います。
次に、病名とそれに対して行う手術の術式を言い、予定手術時間、予想出血量を述べます。
それからオペナースが、患者さんの状態や準備されている薬剤、器械、血液製剤等の情報を述べます。
そして麻酔科医が、患者さんの既往(これまでかかった病気)やリスクがあればそれを述べ、特別な麻酔法などがあればここで言います。
最後に外科医、麻酔科医、ナースがそれぞれ自分の名前を言い、全員で「よろしくお願いします」と言って手術が始まります。
施設によってはもっと簡易的に行うところもありますが、重要なのは、患者さんの体にメスを入れる前にチームで情報を再確認し合う、ということです。
というわけで、些細なことから重要な決め台詞まで、大人げなくツッコミまくってしまいました。
ドクターXファンの方々から「ウザい」と思われたかもしれませんが、医療に関心を持っていただくためにも、また機会を見つけて紹介してみたいと思います。
最終回まで全話まとめはこちらから!