第7話は、珍しく得意の謎解き要素は全くなく、患者を救うために腕をふるうカッコ良い天才外科医、というありきたりな展開に終始した。
正直、ちょっと残念である。
「患者に寄り添う」といった真面目なテーマは正直他の医療ドラマに任せた方が良い。
ややずれた解釈に違和感だけが残ってしまうし、いつもの軽快なテンポも失われてしまう。
あくまでドクターXは、愉快なオッサン同士の掛け合いと、推理モノっぽい大門の病名当てに絞ってほしいものである。
今回は医学的にあまり解説のしようがないストーリーでもあったが、コードブルーでもおなじみ「脳外科アウェイク手術」が登場したので、今回はそれについて解説することにしよう。
今回のあらすじ(ネタバレ)
キンちゃんこと原守医師(鈴木浩介)のもとに見合い話が舞い込んでくる。
その相手は何と日本医師倶楽部の内神田会長夫人の従妹。
ところが顔合わせの席に、ロシアの病院勤務時代に原と恋愛関係にあったアメリカ人外科医ナナーシャ・ナジンスキーが乱入。
なぜかロシアネームの彼女はその場で原に抱きつき、恋人だと言い張って目の前の内神田会長夫人を激怒させてしまう。
ナナーシャとの関係が吹っ切れていなかった原の心は揺れ、神原名医相談所での麻雀では超危険牌で大門に振り込んでしまうほどの動揺を見せる。
しかし大門がナナーシャの右腕の震えに鋭く気づいたことから、ナナーシャの脳に腫瘍があることが発覚。
本人はそれを知った上で、最後の時間を原と過ごすことが来日の目的だったのだ。
大門が手術をすすめるも、自分の脳腫瘍は切除不能だとナナーシャは手術を拒否。
どうしてもナナーシャを救いたい原は、東帝大病院で手術をやらせて欲しいと院長の蛭間(西田敏行)の前で土下座する。
内神田の依頼を反故にしてしまった手前メンツを潰された蛭間は、手術に参加する原と大門には手術を認める代わりに術後の解雇を言い渡す。
腫瘍は左前頭葉の運動野のすぐ近くにあり、腫瘍が摘出できても右腕の麻痺が残ればナナーシャは外科医生命を失う。
そこで大門が提案したのが覚醒下手術だ。
手術中に全身麻酔を覚まし、電気刺激を繰り返して右手の機能を確認しながら切離ラインを決めていくのである。
結果として大門は、右手の麻痺を残さず見事に腫瘍を摘出、手術を成功させる。
脳外科覚醒下手術の難しさ
コードブルー1st SEASON第10話では、同じ覚醒下手術が登場する。
私の解説記事「コードブルー1st 第10話解説|脳外科アウェイク手術と胎児仮死の意味」を読んだ方にとっては「あーリアルじゃないな」程度の感覚かもしれないが、全く知らない人にとっては、
こんなこと本当にやるの?どこまでがリアル?
と思ったに違いない。
脳外科の覚醒下手術は、大学病院など専門的な施設で実際に行われている手術だ。
腫瘍が技術的には切除可能でも、患者さんが目を覚ましたら手足が動かなくなっていました、では困るからである。
そこで、実際ドラマのように全身麻酔を途中で覚まし、脳表の電気刺激によって切離ラインを確認しながら手術を行うのである。
この手術の難しいのは、
突然手術中に脳が露出した状態で目を覚ました患者さんに、パニックにならずに冷静に検査に応じてもらうこと
にある。
よって患者さんには相当念入りな術前の説明が必須である。
あれほど手術を拒否していた本人があっさり手術台に寝ていたのが不思議で仕方なかったが、おそらくナナーシャには大門から、事前に十分説明した上でこの難しい手術に同意してもらったのだろう。
手術室を見学してもらったり、言語聴覚士と綿密に打ち合わせをしたりなど、術前の慎重なシミュレーションも欠かせない。
ナナーシャは「何外科医」なのかはわからないが、胆嚢摘出に単孔式腹腔鏡手術(ヘソの傷だけで胆嚢を摘出する手術)を提案するあたり、消化器外科領域には詳しそうである。
いずれにしても本人が外科医なので、特殊な手術への理解もスムーズだったのかもしれない。
また、覚醒下手術は麻酔科医にとっても非常に難しく専門的な手術と言える。
頭蓋骨が割られ、骨に杭のようなピンが打ちこまれて頭が固定されているという、本来は激痛を伴うような状態で、
目は覚めているが痛みはない
という状態を実現しなければならないからだ。
すなわち麻酔科医には「鎮静を覚まし、かつ鎮痛は維持する」という極めて難しいバランスを要求されることになる。
ところが今回は天才麻酔科医城之内(内田有紀)は出張で不在。
普段なら麻酔科医が城之内じゃないと「オペは致しません」と突っぱねる大門だが、なぜかこちらも今回はあっさりOK。
東帝大病院にこれほど優秀な麻酔科医がいるのなら、麻酔科医の方はあえて高額でフリーランスを雇う必要もなかろう。
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脳外科手術の難しさ
脳外科医ではない私があまり知った口を叩くと叱られそうだが、脳外科医が背負っている責任はある意味で私たちより大きい。
私たち消化器外科医が術後の「予後」と言うと、普通は「生命予後」のことである。
例えば癌を手術したときに「その後どのくらい生きられるか」と言う意味だ。
しかし脳外科医は「生命予後」に加えて「機能予後」という二つの予後を考えなくてはならない。
生命予後を重視すれば、機能を失うリスクがある
機能予後を重視すれば、生命を失う(または短くなる)リスクがある
というケースで脳外科医は、これらのバランスを取る重責を担うことになる。
しかも脳手術による機能の喪失は、患者さんに術後永久的に苦痛を与える可能性があり、かつ、上手くいったかどうかを患者さん自身がすぐに自覚できる点で、手術する脳外科医の肩にのしかかる重圧は大きい。
さらに、私たち消化器外科医が扱う消化器癌と違って、脳腫瘍など脳の疾患は若い人に多いため、機能予後が術後の人生に与える影響は極めて大きい。
「患者に寄り添ったって病気は治らない」
「生きたいと言っている患者にただ寄り添っているだけなんてそんなのは医者じゃありません」
というのはその通りだが、話はそう単純でもない。
治療方針を決めるためには、その人の職業、家庭環境、将来設計などの社会的背景にまで踏み込んで議論しなければならない。
その意味では、患者さんにそれなりに近い位置に医師が踏み込まなければ適切な治療選択はできないし、患者さんは納得しない。
もちろんこれは脳外科手術に限ったことではなく、あらゆる領域で言えることだ。
ともかく、柄にもなくドクターXが「語り」に入ると、私のような小うるさい医者がウザく騒ぎ出すと言うことだ。
大門には是非、コードブルー1st SEASON最終話の、無駄にアツくない、適温に冷めた黒田と藍沢の会話を見てほしいものである
(解説は「コードブルー1st 最終回解説②|藍沢が語る救命の限界、その先にあるもの」を参照)。
第8話の解説はこちら!
最終回まで全話まとめはこちらから!