最終回前の第10話もまた、外傷患者のオンパレードである。
しかし翔北の面々は、それぞれに悩みや迷いを抱えながら診療することになる。
自らのミスが黒田(柳葉敏郎)の腕切断を引き起こしたことで自責の念に苛まれる白石(新垣結衣)。
現場で指導医の右腕を奪った藍沢(山下智久)は、本当にそれ以外に方法はなかったのか、悩み続ける。
そして当の本人、黒田は、皮肉にも自分の子供に脳腫瘍が発覚したことで、仕事で家庭を顧みず離婚に至った過去の自分を振り返ることになる。
さて今回は、
脳外科でのアウェイク手術は本当にあるのか?
母体のショックと胎児仮死で母子ともに救えるのか?
など、疑問に思った方は多いのではないかと思う。
順に解説していこう。
リアルじゃないアウェイク手術?
黒田の息子、健一くんは、空港のエスカレーターから転落して肝損傷の重症を負うも、三井(りょう)らの機敏な対応で一命を取り留める。
ところが、のちの検査で脳腫瘍があることが発覚。
この腫瘍が原因での意識消失が転落の原因だった。
脳腫瘍は、脳で言語をコントロールする「言語野」に位置しており、手術の際にこれを傷つければ健一くんは話せなくなってしまう。
きわめてリスクの高い手術に挑んだ脳外科医西条(杉本哲太)だったが、予想以上に腫瘍が周囲に浸潤し、言語野との境界がわからず手術は難航する。
そこで西条が提案したのが「アウェイク手術」。
途中で患者さん本人を全身麻酔から起こし、話をしながら行う手術のことだ。
電気刺激を行い、話せなくなったらその部位が言語野だと判断するわけである。
この作戦は見事に成功し、手術は無事に終わる。
この術中の話し相手に選ばれたのは、何と父親である黒田。
手術中に、学校や家での生活、父親がいない寂しさを語る健一くんは、目の前にいる黒田が実の父親であることを知らない。
黒田とは幼い頃に会ったきり一度も会っていないからである。
一歩間違えると患者が言葉を失う、という極めてリスキーな大役を、その患者と最も冷静に話ができそうにない男が選ばれるというのも珍事だが、ここは第10話では重要な感動のシーン。
ツッコミを入れるところではなかろう。
それよりこのアウェイク手術についての解説は詳しくしておきたい。
アウェイク手術は、大学病院など専門的な施設で実際に行われている。
脳の病変が技術的に切除可能でも、患者さんが目を覚ましたら話せない、手足も動かない、では困るからだ。
ちなみに「アウェイク(awake)」とは「覚醒している」という意味で、私たち医療者は普段からよく使う言葉である。
例文をあげると、
「患者さんがアウェイクの時に雑談するな!このバカ!」
というような具合である(例えが悪すぎるが)。
ただ、このドラマでのアウェイク手術はかなり非現実的である。
実際、健一くんの身になってみてほしい。
全身麻酔で眠らされて、次に起きた時には頭蓋骨は開けられ脳は露出した状態。
頭蓋骨にピンが打たれて頭は固定されて動かない(脳外科手術では杭のような器具を頭に何本も突き刺して頭が動かないよう固定する)。
不自然な体勢で寝かされ、全身は麻痺したように動かない。
目の前には謎の「おじさん」。
とてもあのように冷静に話をするのは不可能で、普通はパニック状態になり、大切な検査もスムーズには進行しない。
そこでアウェイク手術を行う場合は、かなり入念な術前の準備が必要になる。
患者さんには、手術の途中で起こされるという異常事態を受け入れてもらうため、その必要性と、起こされた時に行う検査などについて綿密に打ち合わせする。
場合によっては事前の手術室の見学も必要だし、言語聴覚士など、言語に関する専門家との術前のトレーニングも必要だ。
またアウェイク手術の成否は、麻酔科の腕によるところも大きい。
頭蓋骨が割られて頭に杭が打ちこまれている、という状況下で、
「目は覚めているが痛みは感じない」
という状態を実現しなければならないからだ。
事前の麻酔科医との打ち合わせも必要になってくるし、もし麻酔科医がノーを出せば、翔北での手術は不可能、専門施設に転院する必要がある。
さらに、日本awake surgery学会なる組織があり、安全に施行可能かどうかの施設認定を行なっている。
そのくらい超専門的かつ難しい手術だということだ。
したがって、
「よし!アウェイク手術だ!」
などと思い付きでできるような手術ではまずない、ということには注意が必要だろう。
母体のショックと胎児仮死とは?
一方、三井、藍沢、緋山(戸田恵梨香)が当直中の夜間、本棚が突然倒れて下敷きになった妊娠36週の妊婦の救急要請が入る。
搬送時、妊婦はすでにショック状態。
診察の結果、骨盤骨折による出血性ショックが原因と判明する(骨盤骨折の解説はこちら)。
胎児心拍は徐々に落ち、胎児仮死に至っていた。
三井はかつて、母体を優先すべき場面で冷静な判断ができずに胎児の救命にこだわり、母子ともに救えなかった苦い過去がある。
今回も似た場面、当然母体を優先し胎児は諦める、という方針を夫に告げる三井に、一か八かの帝王切開、その後ガーゼパッキングで母子ともに救命を目指すことを提案する藍沢。
この藍沢の作戦は的中し、結果的に母子ともに救命される。
私の記事をこれまで読んできた方には「しつこい」とお叱りを受けると思うが、とにかく私が言いたいのは、
「産婦人科医を呼んでくれ」
しかない。
この規模の病院であれば、産婦人科医の当直が2人はいるのが一般的だろう。
1人しか配置できなくても、もう一人は連絡があればすぐに病院に来られる状態(オンコール)になっているのが一般的である。
救急隊から36週妊婦の重症外傷という連絡が入った時点で即座に産婦人科当直医に連絡、
救急車が到着時には初療室に産婦人科医が待機している状態が望ましい、というより「常識的」だ。
ついでに小児科(新生児科)にも連絡し、待機してもらうのが理想的だろう。
小児科も新生児科(NICU)も、やはり当直医が2人はいるのが一般的である。
この領域はそのくらい専門性が高く、彼らも当然「救急医には任せられない」と思っている。
もちろん骨盤骨折の初療は救急医がプロフェッショナルだが、胎児を諦めて母体を優先するのか、といった判断や、娩出後の新生児の対応などは、産婦人科医や小児科医以外にはかなり困難である。
さて今回は、
「胎児心拍60、胎児仮死進行してます!」
「5分後のアプガー8点です!」
と言った周産期領域の専門用語が目まぐるしく飛び交ったので、これらについて解説しておこう。
胎児仮死とアプガーとは?
胎児心拍の正常値は110〜160回/分程度である。
成人の正常値は60〜80程度なので、胎児(新生児)はその2倍くらいの心拍数が正常と考えれば良い。
今回は60まで落ちているため、かなり胎児の状態は悪いわけだ。
また「胎児仮死」とは、胎児の循環や呼吸状態が悪く、命の危険があること。
基本的にはすみやかに娩出、すなわち緊急帝王切開が必要になる。
また、娩出後はすぐに新生児が元気かどうかを調べるが、その際に心拍数や呼吸数、皮膚の色など5項目を確認し、点数をつける。
この採点方法のことを、この5項目の頭文字をとってAPGAR(アプガー)スコアと呼ぶ。
7点以上が正常である。
娩出して1分後と5分後に測定し、5分後の点数が正常であるかどうかが重要とされる。
今回は5分後のアプガースコアが8点だったので「一安心」ということになる。
ちなみに私の長女も、生まれてすぐは呼吸が浅くてチアノーゼがあり、1分後のアプガースコアは正常ではなかったが、無事5分後には正常範囲に入った。
小児科医から「大丈夫ですよー」と言われたが、我が子ともなるとこちらもチアノーゼが出るほど焦ったものである。
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大動脈を遮断すれば助かるか?
一方、傷心の白石は突然急変したトリプルエー(腹部大動脈瘤)破裂の患者さんを病室で開腹することになる。
腕がまだ動かせない黒田の指示のもと開腹手術を行い、出血点を確認。
しかし大動脈瘤周囲の癒着が強く、止血に難渋する。
徐々に患者さんの脈拍は落ち、危機的状況となったところで黒田は開胸で大動脈遮断を指示。
一度も経験したことがない白石はためらいを見せたが、結局黒田の指示のもと見事に成功させる。
一旦止血できたところで無事患者さんは血管外科に引き継がれる。
コードブルーでは、「困ったら開胸して大動脈遮断」はもう定番中の定番だ。
私もこれまでの記事で何度も解説し、時にそのリアリティやファインプレーっぷりを絶賛してきた。
だが、そもそも現実にはめったにやらない治療だし、今回のケースは相当に無理がある。
少しだけ解説しておこう。
人間は、大量に出血してショックになると、血圧が下がり、脈拍は上がる。
しかし血液が本格的に足りなくなると、最終的には逆に脈拍が落ちてきて心臓が止まる。
つまり「脈拍が落ちてきている」という状況は、ほぼ最終段階に近く、救命はほぼ不可能と言って良い。
こんな状況で開胸など、いたずらに患者さんの体に傷を付けるだけで、医者の自己満足と言われかねない。
しかもこういう4人部屋はスペースがかなり限られており、小さな処置すら行うのは大変だ。
そもそも気管挿管するだけでも患者さんの頭側にそれなりのスペースが必要なので、ベッドを動かさなければならない。
まして開腹手術となると、ベッドの両側に人が2、3人は立ち、かつ器具をおくスペースも必要だ。
これだけのことをベッドサイドで、しかも周りの患者さんが見ている前でやって救命できてしまうのは、もはや「夢物語」に近い。
むろんこの場面は、依然として「謎のおじさん」である黒田が司令塔として的確な指示を飛ばして患者を救命し、それを向かいのベッドから見た健一くんに、
「やるじゃん、すごいねおじさん」
と言われて黒田がはにかむ、という描写が目的なので、設定上もはやHCUで開腹以外ありえないのだが、今回に限ってはさすがに「めちゃくちゃ」である。
私もこういう派手なシーンはコードブルーの醍醐味として好きなのだが、これほど頻繁に大動脈遮断で鮮やかな救命劇を見せられると、そのうちコードブルーファンの方から、
「開胸して大動脈を遮断してくれませんか?」
と実際に言われそうなので、念のため突っ込んでおいた次第である。
というわけで次回は1st SEASON最終回。
結局コードブルーの記事は過去のものでも人気が高いので、引き続き解説を続けていきたいと思う。
1st SEASONまとめ記事はこちら!