胃癌は、初期の段階で見つかれば手術をせずに治すことができます。
どういう胃癌なら手術をしなくて良いのでしょうか?
今回は、初期の胃癌(早期胃癌の一部)に対して行う内視鏡治療について説明します。
胃癌は日本人や韓国人(アジア人)に多く、欧米では非常に少ない病気です。
欧米ではまれな病気なので、胃癌検診が行われていない国も多くあります。
我が国では、国立がん研究センター報告の、2017年予測癌罹患数男女総合第2位は胃癌です(1位は大腸癌です)。
これまで胃癌は長年の間、癌の中でも罹患数で圧倒的なトップの座を守り続けていたので、日本は胃がん大国とも呼ばれています。
なぜこんなにも多いのでしょうか?
日本人を含むアジア人は、欧米人に比べてピロリ菌の感染率が非常に高いからだと言われています。
ピロリ菌の詳しいことを知りたい場合はこちら
そういうこともあって、胃癌治療は日本や韓国が世界をリードしています。
今回はその中でも、胃癌の内視鏡治療について述べたいと思います。
ここで言う「内視鏡治療」とは、胃カメラで癌を削り取ってしまう治療のことで手術ではありません。
内視鏡と腹腔鏡を混同してしまう人が多くいますが、腹腔鏡は手術の一つで外科医がする治療、内視鏡治療は内科医が行う治療です。
腹腔鏡手術のことを内視鏡手術と呼ぶこともありますが、「内視鏡治療」という場合は手術ではありません。
では内視鏡治療の特徴について見ていきましょう。
簡単に説明しますので、全く心配はいりません。
内視鏡治療ができる胃癌とは?
胃癌はごく初期の段階で見つかれば、内視鏡、つまり胃カメラで削り取ってしまうことができます。
内視鏡下粘膜切除術(EMR)または、内視鏡下粘膜下層剥離術(ESD)と呼ばれています。
いきなり難しい言葉が出てきましたが、名前を覚える必要は全くありません。
「どんな胃癌なら内視鏡治療できるか」が大切です。
内視鏡治療が許されるにはかなり厳しい条件があります。
胃がんにはステージがIAからIVまで8段階ありますが、もっとも初期であるステージIAであるのは最低条件として、さらに厳しい条件が加わります。
これには、
癌の大きさ
癌細胞の種類
癌の深さ
癌が潰瘍を作っているかどうか
という4条件が含まれ、これらの複雑な組み合わせを満たした時のみ内視鏡治療を行っても良い、ということになっています。
逆に、一つでも条件を満たさなければ内視鏡治療は適用されず、手術が必要になります。
なぜ内視鏡治療の条件がこれほど厳しいのでしょうか?
胃癌はリンパ節に非常に転移しやすい癌だからです。
リンパ節転移とは?
胃の周りにはリンパ節と呼ばれるたくさんの粒のような組織があります。
胃癌はある程度進行すると、リンパの流れに乗って胃の周囲のリンパ節に転移してしまいます。
内視鏡治療では癌自体を削り取ることしかできず、胃の外にあるリンパ節をとることができるのは手術だけです。
もしリンパ節転移をすでに起こしてしまった胃癌を内視鏡治療だけで終わらせると、リンパ節に癌が残ってしまうことになります。
そのうち残った癌はリンパの流れに乗り、全身のリンパ節へ転移していき、命取りになります。
そのため内視鏡治療は「リンパ節転移を起こしている可能性がほぼゼロと考えられる場合のみ許される」ということになっています。
長年のデータの蓄積から、癌の大きさや深さ、癌細胞の種類などを加味した、「リンパ節転移がないと予想される組み合わせ」がわかっているため、それを内視鏡治療の条件としています。
「予想などと言わずに、事前にリンパ節転移があるかどうかを調べて、なければ内視鏡治療をすればいいじゃないか」
と思う方がいるかもしれませんね。
実はそれはできません。
なぜならリンパ節に転移しているかどうかは、そのリンパ節を取ってきて顕微鏡で見ない限り確実にはわからないからです。
それを次に説明します。
術前診断には限界がある
治療前には必ずCTを撮影して、癌の広がり具合を見ます。
CTを撮ると、病気でなくても誰でも胃の周囲にたくさんのリンパ節が写ります。
もし癌の周囲に大きく腫れたリンパ節があれば「転移が疑わしい」として、内視鏡治療の適応外とします。
ところが、正常サイズのリンパ節でも取ってみたら癌が転移していた、ということは多くあります。
なぜでしょうか?
転移したばかりのリンパ節なら、サイズはそれほど大きく腫れ上がっていないからです。
したがって、転移しているかどうかはリンパ節のサイズや形状から「予想する」しかありません。
「楕円形より円形の方が転移の可能性が高い」
とか
「1cm以上は転移の可能性が高い。いや、7mmでも気をつけるべきだ」
など様々な意見がありますが、統一された見解はありません。
癌細胞はたくさん増殖して「かたまり」をつくらない限り、一つ一つは目では見えないし手で触ってもわからない、というほど小さなものですから、まして写真で確実に分かるはずがないのですね。
そこで上述したように、癌の見た目などで判断できる特徴を組み合わせて、「リンパ節転移をまだ起こしていない胃癌」を予想するわけです。
内視鏡治療の方法
上述した通り、胃カメラを用いて癌を削り取る治療です。
胃カメラについては、胃がん検診のページで説明しましたね。
胃がん検診と胃カメラについて詳しく知りたい場合はこちら
内視鏡治療は、胃の観察だけを行う検診とは違って「癌の治療」なので、時間もかかります。
短いものは1時間以内で終わりますが、長いものは3時間、4時間とかかることもあります。
「長時間、口から管状のカメラを突っ込まれたまま耐えるなんて無理!」
と思うでしょう。
心配いりません。
時間がかかる場合は、鎮静を行って治療します。
鎮静とは、鎮静剤と呼ばれる眠り薬を使って眠っている間に治療を行うことです。
鎮静を行うことで、長時間でも苦痛なく治療を受けることができます。
鎮静は全身麻酔ではありません。
鎮静剤を用いて深く眠る状態を指します。
内視鏡治療のメリットとデメリット
内視鏡治療のメリットは、上述した条件を満たせば手術をせずに胃癌を治療できてしまうことです。
ごく初期のものであれば、これだけで治癒が得られます。
また、全身麻酔で手術を受けるよりも、時間も短く体の負担も少ない治療です。
当然お腹に傷もつきません。
ただし以下のようなデメリットもあります。
結局手術が必要になることがある
先ほど、「リンパ節転移をまだ起こしていない胃癌」と予想できれば内視鏡治療を行う、と書きました。
あくまで治療前の「予想」なので、内視鏡治療をして取ってきた癌を顕微鏡(病理検査)で調べたら、「予想とは違った!」ということがあるわけです。
つまり、「癌が予想よりも進行していて、リンパ節転移があるかもしれないということが、取ってみて初めて分かる」ということです。
この場合は、結局手術が必要になってしまいます。
どんな手術をするのか?
それは次回に説明したいと思います。
一定の確率で合併症が起こる
内視鏡治療は手術よりリスクの低い治療とはいえ、一定の確率で治療中あるいは治療後に問題がおこることがあります。
これを「合併症」と呼びます。
発生率は低いですが、重要な合併症として出血と穿孔があります。
出血
胃の壁から癌を削り取る際に、細かい血管から出血を起こします。
治療中であれば、クリップで止血したり、焼いて凝固したりすることができます。
ところが、治療が終わって病室に帰ってから出血し始めたら、再び内視鏡で止血しなくてはなりません。
場合によっては大量出血によって貧血が進み、輸血が必要になることもあります。
穿孔
胃の壁から癌を削り取ると、その部分の壁が薄くなります。
ときにこの部分に穴が開いてしまうことがあります。
胃の壁に穴が開くと、胃の内容物がお腹の中に漏れ出し、腹膜炎を起こしてしまいます。
場合によっては手術が必要になることもある重大な合併症です。
内視鏡治療はメリットも大きいですが、治療を受ける際は、こうしたデメリットが必ずあるということも十分理解しておいてください。
では、内視鏡治療ができない胃癌、つまり、ある程度進行した胃癌の場合はどうすれば良いでしょうか。
この場合は手術の出番になります。
手術であれば、胃を切除して、さらに周囲の転移する可能性のあるリンパ節をすべて根こそぎ取ってくることができます。
胃がんの手術について知りたい方はこちら
(参考文献)
専門医のための消化器病学 第2版/医学書院