グッドドクター第6話では、胎児治療の一種、EXITが描かれました。
今回も、迫力ある外科シーンは見応えがあったものの、
胎児が患っていた「リンパ管腫」とはどんな病気?
手術中に気管切開困難、となった場面で湊が提案した方法にはどんな意味があるの?
と疑問に思った方が多いかもしれません。
今回もかなり専門的な小児外科治療が描かれていますが、治療の流れを理解すること自体は難しくありません。
いつも通り分かりやすく解説しましょう。
疑問点があった方は、ぜひ読んでみてください。
今回のあらすじ
高山(藤木直人)ら小児外科医たちは、産婦人科医の鶴田から、ある相談を受けます。
胎児にリンパ管腫が見つかり、分娩時に臍帯を切り離さず血行を確保したまま胎児に処置を行う「EXIT」という手術が必要だと判断された妊婦に関してでした。
妊婦には心疾患があるため、短時間で手術を終わらせねばなりません。
保身に走る間宮(戸次重幸)は手術に断固反対しますが、高山は本人の希望を優先すべきだと主張します。
妊婦の夫も、胎児にこだわらず妻の体を優先してほしいとの考えから、当初EXITに反対していました。
しかし、湊(山崎賢人)と話して手術を受け入れることに決めます。
湊は幼いころに兄を亡くし、残されたものの辛さを知っていました。
湊の話を聞いた夫は、赤ちゃんを亡くした後に残される妻の気持ちを思い、手術を決意したのでした。
しかし、手術は難所続きでした。
胎児を娩出後、高山は気管挿管しようとしますが、声門が見えず、気管チューブを挿入することができません。
気管切開に切り替えようとしますが、リンパ管腫が気管の前面に張り出しており、これも難しいことが判明します。
差し迫った場面で、胎児は諦めるべきだと主張する鶴田でしたが、湊はエコーを使うことを提案。
エコーで気管切開できる位置を特定し、無事に気管切開に成功します。
またしても、湊のファインプレーが救いの一手になったのでした。
リンパ管腫とは?
「リンパ管腫」とは、リンパ管が異常に膨らんで袋状になり、これが集まって塊を作っている病気です。
多くは小児(先天性)に起こります。
リンパ管は全身にあるため、リンパ管腫は全身のどこからでもできうるのですが、多いのは頭頸部(顔〜首)や、わき(腋窩)とされています。
特に問題となるのは、顔や首に巨大なリンパ管腫ができた場合、気管を圧迫し、空気の通り道を塞いでしまう恐れがあることです。
今回の赤ちゃんは、まさにその状態でしたね。
赤ちゃんは、母体の中にいるときは呼吸する必要はありません。
臍帯を通して母体とつながっているため、お母さんから酸素を受け取ることができるからです。
生まれたのち母体と切り離された時から自力で呼吸が必要になる、というわけです。
ところが、胎児の首に巨大なリンパ管腫ができていたらどうなるでしょうか?
生まれた後は自分で呼吸しなくてはならないのに、気道が詰まってしまい、息を吸ったり吐いたりすることができないのです。
よって娩出後にすぐに気管にチューブを入れて人工呼吸が必要となるのですが、気道が巨大なリンパ管腫によって圧迫されていると、これにも手間取る恐れがあります。
そこで、娩出後も臍帯がつながった状態にして母体との間の血行を維持したまま、胎児に処置を行う手術「EXIT」が提案されたわけです。
今回はこの方法で、帝王切開によって胎児を娩出→気道確保→臍帯切断、という流れが予定されたのですね。
ところが、手術は予定通りには進みませんでした。
娩出後、気管挿管へ
娩出後、予定通り高山らは気道確保のために赤ちゃんに気管挿管をしようとします。
気管挿管とは、口から気管へチューブを挿入することです。
喉の奥には「声帯」と呼ばれる、声を出すのに必要な扉のような臓器が左右にあり、この扉の隙間を「声門」と呼びます。
気管挿管では、声門に向けてチューブの先端を直接見ながら挿入します。
ところが、今回はこの気管挿管に難渋してしまいました。
リンパ管腫が気道を圧迫し、声門がうまく見えなかったからです。
声門が見えないとチューブをどこに挿入すればいいか分からず、気管挿管は困難です。
むろん、ここまでは高山や湊らの想定の範囲内。
口から挿管が難しければ、首の前側で直接気管を切開して、腫瘍が圧迫した部分より下流でチューブを挿入すれば良い、と考えていたからです。
ところが、手術中にこれも難しいことが判明します。
リンパ管腫が気管の前面まで張り出していたのです。
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気管をエコーで見つけた湊
気管切開に難渋する小児外科医たち。
切開すべき位置まで張り出したリンパ管腫が邪魔をしていたからでした。
気管切開も難しい、となった時点で湊が提案したのはエコー(超音波)です。
その時、湊が言ったセリフは、
「赤ちゃんが泣く前の気管は羊水で満たされているので、エコーでなら特定できます」
でした。
エコーはレントゲンやCTとは違い、放射線を使わず簡易的に行える画像検査です。
手術中であっても、手術室に持ち込んで何度も検査することができます。
しかしエコーの最大の欠点は、「空気を含む臓器は超音波の反射が乱れて観察できない」ということです。
例えば、お腹の中をエコーで見る際、肝臓や腎臓、膵臓、膀胱など、水や組織で詰まった臓器は観察できますが、胃や大腸は見ることが困難です。
内部に空気をたっぷり含んでいるからです。
通常、気管も空気の通り道なので、エコーでうまく見ることはできないはず。
ところが、胎児は自分で呼吸する前は、気管や肺に羊水が出入りしているため、気管に水が満たされていて見えるかもしれない。
これが湊の発想でした。
この方法で、エコーによって気管と腫瘍の位置関係を正確に確認、腫瘍が邪魔をしていない隙間を見つけて気管切開できたわけです。
術前の説明はドライに
私たち外科医にとって、手術前の患者さんへの説明は非常に重要な仕事です。
あらゆる手術の前に、患者さんやそのご家族に手術のメリットとリスクを十分に理解していただく必要があります。
この時、私たちは患者さんに、「絶対大丈夫!」や「必ず救います!」といったことは言いません。
根拠のない無用な励ましで手術を受けるよう説得し、万が一術後に何らかの合併症が起きれば、必ずトラブルに発展するからです。
そこで術前の説明では、極めてドライに、どのような手術リスクがあるか、合併症はどのくらいの確率で起きるか、といった情報を淡々と伝えるのが原則です。
患者さんご自身に、メリットとデメリットを十分理解した上で納得のいく形で治療を受けていただくためです。
医療ドラマでは、医師が、手術に反対する患者さんやご家族の「心を動かす」という描写がよくあります。
今回のグッドドクターもそれは同じ。
湊が兄を失った辛さを抱えて生きてきたその経験が家族の「心を動かした」、という描写が一つのドラマになっています。
もちろん、医師と患者さんとの心の通い合いは大切ですが、現実的には医師はもう一歩引いた位置から説明する必要があるでしょう。
もし今回残念な結果になっていたら夫はきっと、
「医者が二人とも救ってくれると言ったから手術を受け入れたのに!」
と、医師に対して負の感情を抱き、これが訴訟問題に発展することすらあるからです。
外科系のドラマでは、こうした部分まで医師がドライさを貫くと面白みがなくなるため、ドラマチックに脚色するのが普通です。
しかし現実では、リスクの高い手術ほど私たちは、石橋を叩いて渡るように、針に糸を通すように、一つ一つ慎重に言葉を選び、時間をかけて患者さんに説明しています。
これは、どんなに腕の優れたベテラン外科医でも難しく、ビギナーに任されることは決してないプロセスなのです。
というわけで今回は、外科的に難しかったポイントを解説し、リスクの高い手術を行う際の外科医の心得を書いてみました。
いよいよグッドドクターも後半戦です。
次回もお楽しみに!
(私は小児外科は専門外ですので、専門的な部分では説明が不十部な箇所があるかと思います。ご容赦ください。)
(参考)
日本小児外科学会「リンパ管腫」
小児慢性特定疾病情報センター「リンパ管腫/リンパ管腫症」
KOMPAS「胎児治療」
第7話はこちら!