コウノドリ最終回は、これまでの集大成と言えるストーリーでした。
産科医、新生児科医、助産師、ソーシャルワーカー、そして患者さんとその家族、「全ての人たちから見た周産期医療」というものがぎっしり詰まっていたように思います。
前半は、出生前診断によって赤ちゃんがダウン症であることを知った夫婦が描かれます。
障害のある子を持つことに医師や家族はどう対面していくべきか、という問題に一つの答えを示していたように思います。
非常にデリケートで、答えのない難しい問題を体当たりで描いた製作者たちや監修した医師らには頭が下がる思いです。
後半は、いわゆる「産科危機的出血」として、術中大量出血による心肺停止とその対応が描かれました。
出産が「命がけ」であることを痛感します。
この生死に直接関わるのが産科医であり、その仕事の魅力を伝えることもこのドラマの一つの目的です。
今回の救急対応に関しては、
オペ室での急変には救命の人たちを呼ぶのか?
急変時に飛び交った専門用語の意味は?
といった疑問があったのではないでしょうか?
今回はこの辺りを中心に解説することにしましょう。
目次
今回のあらすじ(ネタバレ)
出生前診断で赤ちゃんがダウン症候群と診断を受けた妊婦の透子(初音映莉子)。
出産を決意したものの出産後の不安は強く、夫婦の苦悩の日々は続きます。
それに寄り添ったのは、担当医の鴻鳥(綾野剛)、新生児科の今橋(大森南朋)、ソーシャルワーカーの向井(江口のりこ)でした。
今橋は、障害のある子を持つ親が書いた詩を手渡し、向井はダウン症の子を持つ親たちのコミュニティの見学に付き添います。
障害のある子を持つことを肌に触れて体験した夫婦は、徐々に現実を受け入れ、不安は軽くなっていきました。
一方、助産師小松(吉田羊)の同期である武田(須藤理彩)がペルソナで緊急帝王切開となります。
ところが術中に大量出血。
羊水塞栓症によるDIC(播種性血管内凝固)が原因でした。
短時間の大量出血に輸血も追いつかず、手術台で心肺停止になります。
しかし、救命のメンバーも加勢して懸命の心肺蘇生を行い、無事に救命することができました。
小児循環器を学ぶため、赴任先を探していた白川(坂口健太郎)は講談医大病院へ、四宮(星野源)は父の亡き後を引き継いで能登の病院へ。
そして小松もペルソナをやめ、助産師としての知識と経験を生かして家族をサポートする仕事に主軸を置くことにします。
当初産科医療に全く興味のなかった研修医の吾郎くん(宮沢氷魚)は、周産期医療の魅力に触れ、産科を目指すことに。
それぞれが自分のやりたいことを見つけ、それぞれの道を歩み始めました。
産科危機的出血の対応
前半のダウン症については前回記事でたっぷり解説したので、今回は後半の救急対応について少し説明しましょう。
「羊水塞栓症」とは、羊水が母体血中へ流入することによって引き起こされる肺と循環の障害です。
妊産婦死亡の中で羊水塞栓症は24.3%と第1位で、妊婦が死亡するもっとも頻度の高い疾患とされています(※)。
羊水中にある様々な物質は、母体循環に流入すると全身性の重篤な変化を引き起こします。
胎児の便(胎便)やそれに含まれるプロテアーゼという酵素、ムチンや組織トロンボプラスチンといった物質の作用と考えられています。
そして致命的となるのが、今回の鴻鳥が説明した「DIC(播種性血管内凝固)」です。
DICは非常に難しい病態ですが、読んで字のごとく「全身の血管で血が固まる」ことです。
問題となるのは「血が固まること」より、血を固める要素(凝固因子や血小板など)が全身で消費されて不足すること、つまり「出血しやすくなること」です。
産科疾患だけでなく、悪性腫瘍や感染症など、様々な全身性の疾患で起こります。
コードブルーの解説記事でも書きましたが、血を止めるのは外科医ではなく、最終的には患者さん自身の力です。
鼻血が出ても押さえていれば自然に止まりますね。
手を切っても傷口を押さえていれば自然に止血できます。
これは全て、血液には血管の外に出ると自然に固まるという性質があるからです。
これを「凝固能」と呼びます。
凝固能が失われる状態、つまり「凝固障害」が起こると、外科医がどれほど頑張って出血点を押さえても、糸と針で縫いこんでも全く止血できなくなります。
目の前で「どこから血が出ているか」がはっきりと分かっているのに止められない。
外科医にとっても恐怖です。
「血が全く凝固しない!」
という四宮の悲痛なセリフは、まさに見ている私も恐怖感を煽られます。
今回の放送でも1500ml出血したのち、短時間でさらに1000ml出血、一気に2500ml出血しました。
人間の血液量は体重の13分の1ですから、体重50キロの人で約3800ml。
2500mlの出血は6割以上血液が失われるということです。
あっという間に心停止に至ってしまいます。
こういう時どうすれば良いか?
コードブルーの頃から私の解説記事を読まれている方はだいたい分かると思いますが、今回のセリフを振り返って解説してみましょう。
手術中の大出血、どう対応する?
手術中に大出血が起こった時、すべきことは色々あります。
外科医は出血点を押さえて止血処置をしますが、術野外でも人を集め、様々な処置をする必要があります。
今回オペ室と救急部で交わされたセリフには、以下のようなものがありましたね。
「ポンピング始めます!」
「誰かルートもう一本とって!」
「できればAラインをお願い!」
「マッシブトランスフュージョンプロトコール発動!」
「輸血部に連絡して!血液ノンクロスで上げてもらって!」
「クリティカルコール!救命に連絡して!」
「オペ室でクリティカルCの応援要請だ!」
ポンピングとは?
大量出血が起こると、体を循環する水分量が減ります。
血圧を維持できなくなるため、大量輸液(大量の点滴)を行なって血圧を維持する必要があります。
血液製剤を輸血部に依頼して手術室に上げてもらうまで待てないので、とにかく大量の水分を補充します。
コードブルーではここで「レベルワン」という機械が登場しますが、一般的には「ポンピング」です。
レベルワンについてはこちら
点滴はその名の通り「ポタポタ」ですから、重力に任せる以上の速度で水分を補充できません。
そこでシリンジ(注射器)を使って無理やり血管内に輸液製剤を押し込む、ということを繰り返すのです。
これが「ポンピング」です。
血液製剤が届けば、今度はこの製剤を同じようにポンピングします。
今回のシーンを振り返っていただければ分かりますが、最初は透明の輸液製剤、途中からは赤色の血液製剤をシリンジでポンピングしていますね。
さらにこの水分の入り口はたくさんある方が良いので、2本以上は点滴のラインが必要です。
「もう一本ルートとって!」
とは、点滴用の静脈ラインを追加せよ、という意味です。
Aラインとは?
次にAラインです。
Aは「動脈」を意味する”artery”の頭文字。
動脈に針を刺すことです。
これによってリアルタイムで正確な血圧を知ることができます。
それなりに出血が予想される手術では、手術前に麻酔科医がAラインを入れてくれます。
出血時に、より正確な血圧変動を知る必要があるためです。
今回は普通の帝王切開という認識ですから、事前に入れてはなかったのでしょう。
Aラインについてもこちら参照
大量輸血プロトコールの発動
病院によっては、「大量出血時にどういう製剤をどう輸血していくか」というプロトコールを決めているところがあります。
これが「大量輸血プロトコール(Massive Transfusion Protocol:マッシブトランスフュージョンプロトコール)」です。
大量輸血が必要な時は、すべからく超緊急です。
それぞれのスタッフが各自に頭を働かせる必要がないよう、ルールを決めておくということですね。
血液製剤はノンクロスで準備
超緊急時の輸血は「ノンクロス」、つまり「クロスマッチなし」です。
クロスマッチ試験というのは、血液製剤を投与する際、製剤の一部と患者さんの血液を混ぜ、有害な反応が起こらないかを見る試験です。
輸血する際は必ず事前にこの試験を行います。
血液型が一致していることが分かっているなら大丈夫では?
と思う方がいるかもしれません。
確かに今回のような帝王切開のケースだと、事前に患者さんの血液型は分かっています。
ただし、ここで言う血液型は「ABO式」と「Rh式」の2パターンだけです。
これ以外にも特殊な血液型(不規則抗体を持っている)があります。
そこで、普通はクロスマッチ試験をして、血液製剤との相性が悪くないかを調べます。
しかし超緊急時はその余裕はありません。
リスクを冒してでも、スピーディーな輸血を優先する必要があるわけです。
そこで四宮の「ノンクロス」という指示が出たのです。
輸血についてはこちらの記事も参照
人を集める
そして緊急時はとにかく「人を集める」。
これが最も大切です。
自分の力だけで何とかしようなどと思ってはいけません。
院内で心肺停止患者が発生した場合の対応は、どの病院でも決まっています。
「000」なり「111」なり決まった電話番号を押せば、全館放送によって医師を集められるシステムがあります。
このコールのことを、
「ドクターコール」
「CPAコール」
「コードブルー」
などと、病院独自の名前を付けて呼んでいます。
「コードブルー」を使う病院では、他にもコードがあります。
「コードレッド」は火災発生、「コードホワイト」は不審者や暴力などのトラブル発生、といった具合です。
ペルソナではこれを、
「クリティカルコール」
と呼び、その種類に合わせて、
「クリティカルC」
といった分類がされているようです。
(追記:読者の方から教えていただきました。産科救急の専門用語で「C=循環の異常」とのことです。ありがとうございます!)
院内発生の心肺停止では、今回のように救急部の医師が一番に駆けつけ、メインで対応することが一般的です。
ただし、唯一例外があります。
オペ室での急変事例です。
オペ室での急変対応は?
オペ室では、こうした緊急事態に、気管挿管や胸骨圧迫など、心肺蘇生を含む全身対応ができるエキスパートがたくさんいます。
麻酔科医です。
ですから、オペ室での急変で救急医を呼ぶ必要はありません。
麻酔科医を集めれば良いだけです。
よってオペ室だけはこうした「コール」は普通ありません。
オペ室内だけに連絡できる緊急コールを使うのが一般的です。
今回のドラマはこれまでの集大成。
ドラマ的には、成長した下屋(松岡茉優)や、お祭り男、加瀬(平山祐介)が登場する必要があります。
よって現実感が損なわれることは承知の上で、救急部が呼ばれたのですね。
ちなみに、心肺蘇生によって心拍が再開した時の「よっしゃー!」はドラマだけです。
心停止するほどの大出血ですから、一時的に心拍再開してもすぐに心停止する可能性があります。
「全くもって安心できない」というのが現実です。
また、心肺蘇生では2分おきに胸骨圧迫の手を止めて心電図波形を確認します。
胸骨圧迫を続けると波形が揺れて分かりにくくなるからです。
この間に瞬時に「除細動が必要な波形かそうでない波形か」を見極める必要があります。
除細動が必要な波形(心室細動や心室頻拍)であれば即座に除細動、そうでなければ即座に胸骨圧迫再開です。
今回のように、波形がまっすぐで「心静止」の波形が疑われれば、即座に胸骨圧迫を再開します。
重要なのは「いかに胸骨圧迫の中断を短くするか」です。
「こい!」と言って心拍再開を待つことは実際には決してありません。
これは「ドラマ的な演出」と思っておきましょう。
こうした心電図波形と対応についてはこちらでも解説しています。
コウノドリが描き出したもの
コウノドリは、日本産科婦人科学会がバックアップし、公式ホームページには厚労省のホームページへのリンクを置くなど、
周産期医療に関わる医師を増やすこと
視聴者の産科医療に対する理解を深めること
を意識した、メッセージ性の強い内容になっていました。
私たち医師が見ても違和感がほとんどないほど医療シーンにはリアリティが追求されており、きわめて完成度の高いドラマだと感じます。
そして何より、「理想的な医師」の描き方に強く同意できる、ということに監修した医師たちの人柄や強い意図が伺えます。
ペルソナを去る白川に今橋は「白川先生は弟子じゃない、頼りになるパートナーだよ」と言いました。
先輩医師はどうしても上から目線で、ミスをした後輩を厳しく叱りつけたり、「どうだ!」と言わんばかりにカッコ良い姿を見せつけることがあります。
医療ドラマでもそういうシーンは多いと思います。
しかし本来先輩医師は、後輩の良い部分を伸ばし、弱点の克服を手伝える仕事上のパートナーであるべきです。
それが最も患者さんの利益につながるからです。
彼ら産科医たちが目指す医師の姿は、私たち医師が目指すべき普遍的な医師像です。
手術の技術や診断力といった臨床能力にはあえてスポットを当てない。
華々しい医師たちのカッコ良い姿ではなく、地味で泥臭い仕事人を描いたところに、全編を通して共感を持てたように思います。
さて、今回でコウノドリの解説記事も終わりです。
産科は私の専門外ではありますが、毎週私の記事を見てくださった皆さんに感謝いたします。
「医療ドラマが何倍も面白くなる」を目指してこれからも解説を続けていきます。
ぜひ、引き続きお楽しみください。