日本ハムのドラフト1位清宮幸太郎選手が13日、腹膜炎で都内の病院に入院したとのニュースがありました。
病気については、「腹腔内の一部に炎症が見られる限局性腹膜炎」とされています。
入院し、点滴治療を行っているとのことです。
「限局性腹膜炎」とは一体どんな病気なのでしょうか?
「腹膜炎」はまさに私の専門分野です。
これまでこの病気に対して、手術を含め、数え切れないほどの治療をしてきました。
今回は専門的な立場から、腹膜炎について分かりやすく説明したいと思います。
腹膜炎は原因ではなく結果
先日大杉漣さんが亡くなった際、死因は「急性心不全」と報道されましたね。
このブログの記事で私は、「急性心不全は原因ではなく結果」と書きました。
実は、「腹膜炎」も全く同じニュアンスの言葉です。
「清宮選手の病気は限局性腹膜炎です」
と言われても、私たち医師は、
「何が原因で限局性腹膜炎になったの?」
と疑問に思うだけです。
清宮選手の病気については、詳しい情報がほとんど得られていないに等しい状況と言えます。
「限局性(げんきょくせい)」とは、読んで字のごとく、「限られた範囲(狭い範囲)の」という意味です。
つまり「限局性腹膜炎」は、「狭い範囲のみに起こった腹膜の炎症」ということになります。
それに対して、腹腔内(お腹の中)全体に炎症が広がったケースを、「汎発性(はんぱつせい)腹膜炎」と呼びます。
今回は「限局性」とされていますので、「汎発性」よりは「軽症」の腹膜炎ということになります。
さて、ではそもそも何が原因で腹膜炎になるのでしょうか?
腹膜炎はなぜ起こる?
お腹の中の空間のことを「腹腔(ふくくう)」と呼びます。
この空間の中に、胃や大腸、小腸などの様々な臓器が入っています。
簡単に言えば、この空間を裏打ちしている膜が「腹膜」です。
たとえるなら、リビングルームの中のテレビやソファ、テーブルが臓器、リビングルームの壁紙が腹膜です。
重要なのは、腹腔という空間は全くの「無菌」で、かつ細菌には極めて弱い場所だということです。
一方、胃から大腸までの消化管の中身は「細菌だらけ」です。
消化管を通って肛門から出てくる便に大量の細菌がいることは容易にイメージできるはずです。
つまり腹腔内は、
「細菌が大量にいる汚い場所」と「無菌の空間」が、消化管の壁一枚で隔てられている
ということになります。
これが重要なポイントです。
したがって、消化管に何らかの炎症が起きて穴が開くと、それが小さな穴でもあっという間に腹腔内に炎症が広がり、腹膜に炎症を起こします。
これが「腹膜炎」です。
つまり腹膜炎のほとんどは消化管のトラブルで生じます。
消化管に開いた穴が目に見えないほど小さいものなら、それほど細菌感染は広がらず、穴の空いたところの近くだけでとどまります。
これが「限局性」です。
一方、大きな穴が開くと、消化管の内容物が腹腔内に広く広がり、細菌感染が腹膜全体に起きます。
これが「汎発性」です。
汎発性腹膜炎は、短時間で敗血症(血液中に細菌がなだれ込む)を起こし、死亡するリスクのある病気です。
緊急手術が必要です。
一方、限局性腹膜炎は「どんな病気が原因で起きたか」によって治療が変わります。
ではその「限局性腹膜炎」の原因となる病気とは何でしょうか?
普段は健康な若い方が限局性腹膜炎を起こす時、原因となる病気としてほとんどを占めるのは以下の2つです。
急性虫垂炎
頻度的に最も多いのは急性虫垂炎です。
急性虫垂炎は、通称「盲腸」と呼ばれていますが、正しい表現ではありません。
虫垂炎とは、盲腸から垂れ下がった細い管である「虫垂」の炎症です。
「盲腸」は大腸の一部の名前、つまり「場所」の名前で、「病気の名前」ではありません。
虫垂は細い管状の臓器なので、中に便がたまり、細菌感染を起こしやすい構造になっています(正確な原因はわかっていませんが)。
虫垂炎について詳しくは以下の記事をご覧ください。
【保存版】虫垂炎(盲腸)の症状と検査/手術と抗生剤治療の利点と欠点以下の記事でも解説しています。
外来でよく見る患者さんの間違った言葉の使い方を集めました
急性虫垂炎は、若い人から高齢者まで広い年齢の人に起こる病気です。
虫垂が細菌感染を起こし、パンパンに腫れ上がり、強い腹痛が現れます。
虫垂は右下腹部にあるため、痛くなるのは一般的にはお腹の右下です。
虫垂が炎症を起こすと、ひどい場合は近くの腹膜に炎症が波及します。
虫垂は小さな臓器なので、大穴が開かない限り、炎症はかなり狭い範囲にとどまります。
よって急性虫垂炎による腹膜炎は「限局性腹膜炎」であることがほとんどです。
ただし、腹膜炎の原因が急性虫垂炎であった場合、手術で虫垂を取ってしまうことが一般的です。
「腹膜炎を起こしている=抗生物質(正しくは抗菌薬)では治療できないレベルまで虫垂炎がひどくなっている」と考えるからです。
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憩室炎
私たちの大腸には、「憩室(けいしつ)」と呼ばれる小さな「くぼみ」があります。
全くない人もいますが、大腸全体に数え切れないくらいたくさんある人もいます。
憩室があっても何の症状もないため、検査をしない限り「自分に憩室があるかないか」はわかりません。
憩室は大腸のくぼみなので、虫垂と同じように細菌感染を起こしやすい構造です。
この憩室に細菌感染を起こしたものを「憩室炎」と呼びます。
虫垂炎と同じように周囲の腹膜に炎症が及びますが、やはり腹腔内全体に広がるほどの大穴が開くことはまれです。
したがってたいてい腹膜炎は「限局性」です。
このように、憩室炎は虫垂炎とよく似ているのですが、大きな違いが二つあります。
一つ目は、憩室は大腸のどの場所にもできるので、憩室炎では痛くなる場所が特定できないことです。
右上腹部が痛くなることもあれば、左下腹部が痛くなることもあります。
右下腹部に痛みがあるときは、私たち専門家でも虫垂炎と見分けがつきません(CT検査をすれば一目瞭然ですが、診察や血液検査だけではわかりません)。
そのくらい、原因や病態がよく似ているからです。
二つ目は、「手術が必要なケースはかなり少ない」ということです。
憩室炎は、ほとんどの場合抗生物質(抗菌薬)の点滴で治ります。
ごく軽症なら、飲み薬の抗生物質で通院して治すこともありますが、多くは入院して点滴治療を行います。
むろん憩室炎でも、その部分に大きな穴が開いてお腹全体に炎症が広がることもまれにあります。
この時は大腸を切除する手術が必要ですが、頻度としてはかなり少ないものです。
憩室炎については以下の記事でも解説しています。
大腸憩室炎の原因と症状、治療法、食事で予防できるか?
若い人が腹膜炎を起こす原因は、上の2つがほとんどです。
他人の病気を詮索するのは良くありませんが、年齢や経過から考えて、このどちらかではないかと勝手に推測しています。
もちろん、潰瘍性大腸炎やクローン病、ベーチェット病など、大腸や小腸のまれな病気が原因で腹膜炎を起こすこともあります。
一見、虫垂炎や憩室炎に見えても、こういう難病を見逃さずに診断するのも、私たちの大切な仕事です。