ラジエーションハウス第3話は、一話を通して乳がんのみが扱われました。
少し驚いたのは、乳がん検診に関して明確な「啓発」を意識した内容であり、これまでとはかなり毛色が違ったことです。
普段、「ドラマはフィクションだから私は真に受けないよ」と思って見ている人でも、さすがに具体的な行動変容を促すナレーションには少し前のめりになったのではないでしょうか?
今回扱われたデンスブレスト(高濃度乳房)に関しては、厚労省の指示のもと日本乳癌学会を始めとした関連学会がワーキンググループを設立して議論した結果、
「対策型検診において受診者に乳房の構成(極めて高濃度、不均一高濃度、乳腺散在、脂肪性)を一律に通知することは現時点では時期尚早である」
という提言がなされています。
対策型検診では、デンスブレストであることを通知することで患者さんに与えるデメリットも大きく、現時点では専門家の間でもコンセンサスが得られていないためです。
なぜでしょうか?
対策型検診とは何でしょうか?
普段このブログを見てくださっている方には、
「現時点で科学的にどこまで明らかにされていて、どこから先は専門家の間でもコンセンサスが得られていないか」
という点については知っていただきたいため、今回はドラマを振り返りつつ、ポイントを大きく3つに絞って解説してみたいと思います。
※この記事は乳腺専門医木川雄一郎先生の監修を受けています。
任意型検診と対策型検診
今回登場した患者さんは、36歳の女性。
病院でマンモグラフィを受け、医師から「異常なし」と通知されました。
ところが、放射線技師の五十嵐(窪田正孝)は、彼女がデンスブレスト(高濃度乳房)であることに注目します。
乳房の構成には個人差があり、X線での映り方が人によって異なります。
デンスブレストと呼ばれるタイプは、全体に濃度が高く写るため、乳がんを見つけにくいという欠点があります。
まさに、雪山でうさぎを探すようなもの。
そこで五十嵐は本人に、超音波検査(エコー)を受けるよう懇願します。
超音波でわずかな異常を見つけた五十嵐は、さらに造影MRI検査を提案。
これで乳がんを発見しました。
このストーリーには注意すべきポイントがいくつかありますが、重要なのは、
「患者さんが30歳代と若年であるため、対策型検診ではなく、全額自己負担で任意型検診を受けていること」
です。
「対策型検診」とは、公費(税金)を使って安価で提供する、国民全体の利益を目的とした検診で、一般に「がん検診」と言われる時はこれを指します。
乳がん検診は、40歳以上の女性を対象とした2年に1回のマンモグラフィです。
がん検診には他に、胃がん、大腸がん、肺がん、子宮頸がんが含まれます。
対策型検診の目的は「死亡率の減少」で、乳がんに関してこの効果が医学的に証明された検査は「マンモグラフィのみ」です。
また、40歳未満の方は、科学的根拠が不十分であるため、対策型乳がん検診が推奨されていません。
日本乳癌学会発行「乳癌診療ガイドライン」でも、
「若年者で症状のない集団」に対するマンモグラフィ検診は、「罹患率の低さと診断精度の低さから死亡率低減効果はほぼない」とされ、「行うべきではない」と明記されています。
よって今回の患者さんが受けたのは、一般的に言われる「乳がん検診」とは異なり、患者さんが任意で受ける全額自己負担の検査であった、という点に注意が必要でしょう。
これを対策型検診とは対照的に、「任意型検診」と呼びます。
もちろん、その後に受けた超音波検査も造影MRIも全て自己負担です。
患者さんは病気ではありませんので、保険診療ではありません。
ここで、たとえ死亡率減少効果がなくても、早期発見のメリットは大きいはずだから検査を受けるべきではないか、と思った方がいるかもしれませんね。
これについては、もう少し読み進めてみてください。
乳がんの超音波検査の位置付け
今回の女性患者さんは、マンモグラフィ施行後に超音波検査を受け、そこで初めて病変が発見されることになりました。
では、乳がん検診にはマンモグラフィと超音波検査を併用した方がいいのでしょうか?
これについては、日本で大規模な臨床試験がなされ、その結果が2016年に発表されています。
結果は、「超音波を併用することで、乳がん発見率は上昇するものの、特異度は低下する」というものでした。
「特異度の低下」とは、「乳がんではないのに乳がんだと判定してしまう確率が高くなる」という意味です(正確には「陽性=乳がん疑いとしてしまう確率が高くなる」)。
また、検診によって治療する必要のない病気まで拾い上げてしまうことを「過剰診断」と呼び、検診の大きなデメリットになっています。
これらのケースでは、患者さんは受ける必要のない精密検査や治療を受けることになります。
検査や治療には、副作用や合併症のリスクがあります。
本来背負わなくても良かったはずのリスクを背負うことになってしまうのです。
「見つける必要のないものが見つかってしまう」というのは、検診における「最大のデメリット」なのですが、あまり知られていません。
早期発見のメリットのみに目が行きがちだからです。
こうした背景から、検診における超音波検査の併用についても、専門家の間でコンセンサスは得られていません。
少なくとも、死亡率の減少効果は未知数であるため対策型検診に用いるべきではない、と考える医師が多数派でしょう。
よって、前述の通り、対策型検診に採用されているのは現時点では「マンモグラフィのみ」ということになります。
ちなみに、臨床現場で医師として多くの患者さんと関わっていると、この検診の大きなデメリットに対して、患者さんと一緒に頭を抱えることが数え切れないほどあります。
私の専門領域でよくある例を挙げます。
症状が何もない方で、任意型検診で受けた腹部超音波検査で膵臓に怪しい影が見つかり、病院に精密検査を受けに来る方がいます。
「がんかもしれない」という思いで精神をすり減らしながら、体に負担のかかる検査を何度も受け、それでも悪性かどうかが分からず、悩み抜いた結果手術を受けます。
検査と手術の負担を乗り越え、膵臓を半分失い、そして手にした結果が「良性」。
誰しも安心した表情を見せる一方、これから先、半分の膵臓で人生を送ることに対し、複雑な心境でしょう。
そもそも任意(自分の意思)で自己負担で受ける検診ですから、患者さんが検診のデメリットを十分理解した上で受けるのであれば、何ら問題はありません。
しかし、そういう方は必ずしも多くないのが現状です。
早期発見のメリットのみに着目し、「何気なく検診を受ける」という方は多いからです。
こうした背景を考慮すれば、国民全体の利益を目的とする対策型検診においては、
「検診によって『死亡率が下がること』が証明されている」
という検査しか選ばれないことには納得していただけると思います。
では、今回のテーマとなった「デンスブレスト」に対してはどうでしょうか?
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デンスブレストへの対応
前述の通り、マンモグラフィに加える検査として、死亡率減少効果が証明されたものはありません。
これは、デンスブレスト(高濃度乳房)であっても同じです。
したがって、乳癌診療ガイドラインにおいても、
「真に有効であると判断できるエビデンスレベルの高いデータが示されるまでは,対策型乳がん検診として高濃度乳房を補うマンモグラフィの補助的乳がん検診モダリティを導入することには慎重であるべきである」
とされています。
つまり、「デンスブレストに対して、マンモグラフィに何らかの検査を追加することに対しては慎重であるべき」という意味です。
ただし、この文には「対策型乳がん検診として」と書かれています。
では任意型検診であればどうでしょうか?
これについては、
「任意型乳がん検診においては,利益と不利益に関する十分な説明のもと個々の受診者の価値観と責任に基づいて,高濃度乳房への個別化対応としての補助的乳がん検診モダリティの施行は現時点でも可能」
とされています。
「利益と不利益に関する十分な説明」が必要であり、「受診者の価値観と責任」のもとであれば、デンスブレストに対してマンモグラフィに何らかの検査を追加することは可能、という意味です。
「任意型検診には受診者の十分な理解と責任が必要」という点については、前述の通りです。
逆に、対策型検診にここまでの条件を求めることは現実的ではないでしょう。
ちなみに、ドラマでも説明がありましたが、アメリカの30州で、検診を受けた方にデンスブレストであることを通知することが法制化されています。
しかし、アメリカの乳がん検診は「任意型検診」です。
また、デンスブレストに対してどういう検査を追加すべきか、ということについて具体的な指示を行っているのは5州だけです。
では、日本のように、対策型乳がん検診を施行している国ではどうでしょうか?
欧州30か国で構成されるEUSOBI(European Society of Breast Imaging)で、デンスブレストの告知を法制化している国は存在しません。
ここでも、対策型検診か任意型検診か、という区別が重要になるのです。
さて、最後に遺伝性乳がんについて簡単に触れておきます。
今回の患者さんは、母親が若年で乳がん、祖母が卵巣がんを経験しているという、さらに限定的な条件がありました。
今回の設定について詳細な説明はありませんでしたが、乳がん・卵巣がんを発症しやすい遺伝的な要因を持つ方なら、異なる対応が必要となります。
詳細は「患者さんのための乳がん診療ガイドライン」をご参照ください。
(参考文献)
日本乳癌学会「乳癌診療ガイドライン;総説3 高濃度乳房問題について」
日本乳がん検診制度管理中央機構「対策型乳がん検診における「高濃度乳房」問題の対応に関する提言」
Ohuchi N et al. Sensitivity and specificity of mammography and adjunctive ultrasonography to screen for breast cancer in the Japan Strategic Anti-cancer Randomized Trial (J-START): a randomised controlled trial. Lancet, 387, 341-348, 2016
第4話の解説はこちら!
ラジエーションハウス第4話 感想&解説|医師と技師のリアルな関わり