ラジエーションハウス第8話では、私の専門とする消化器領域において非常に重要な疾患、虫垂腫瘍が登場しました。
「虫垂(ちゅうすい)」という臓器は私たちにとっては非常に身近ですが、一般にはあまり知られていません。
その点で、私たちが患者さんに虫垂の疾患について説明する際には、少し注意が必要なことがあります。
今回は、この女性の虫垂に何が起こったのか、ドラマを振り返りながら簡単に解説してみましょう。
虫垂はどんな臓器なのか?
放射線科医と放射線技師が集まって検査画像を振り返るカンファレンス(※実際こういう会議を行う病院が存在するのか私は知りませんが)で、放射線科部長の鏑木(浅野和之)の診断に異議を唱える五十嵐(窪田正孝)。
患者さんは右下腹部痛で受診した女性でした。
鏑木は、造影CT検査で「虫垂炎」と診断しますが、五十嵐はその診断に違和感を持ちます。
のちに甘春(本田翼)もこの画像を確認。
虫垂炎ではなく虫垂腫瘍の疑いがあるとして、MRIでの精査が必要と判断します。
腹部MRI検査を行った結果、やはり診断は虫垂腫瘍と考えられ、手術の方針となったのでした。
虫垂とは、右下腹部にある細長い管のような臓器です。
以下の図をご覧ください。
大腸は右下腹部から、ちょうどカタカナの「ワ」の字を描くように走行しており、それぞれの部位に名前がついています。
いわば「番地」のようなものですね。
その「番地」の一つが「盲腸(もうちょう)」。
つまり、盲腸は大腸の部位の名前です。
虫垂は盲腸にぶら下がった細い管で、ここに感染して炎症を起こした状態が「虫垂炎」です。
なぜか昔から「虫垂炎」は「盲腸」と誤って呼ばれていますが、図を見れば分かるように、盲腸は場所の名前であって病名ではありません。
まとめると、
盲腸、虫垂=臓器の名前
虫垂炎=病気の名前
ということですね。
さて、患者さんは当初、虫垂炎と診断され、抗生物質(抗菌薬)での治療を行うことになっていました。
これを受けて患者さんが夫に、
「盲腸って言ってたけど薬で散らせるみたい」
と言うシーンがありましたね。
抗生物質を使って虫垂炎を治療することを、通称「散らす」と言います。
なぜ「治す」ではないのでしょうか?
手術で虫垂を切除しない限り、2〜3割の確率で再び虫垂炎を発症することが分かっているからです。
虫垂が残っている以上、虫垂炎を繰り返す可能性がある。
その一方、手術を行えば虫垂炎には二度とならない可能性が高い。
こうした事実を踏まえて、抗生物質で「一時的に炎症を抑えてしまう」というニュアンスで「散らす」と言うわけです。
(実際には軽症の虫垂炎に対する抗菌薬使用はれっきとした「治療」の選択肢の一つです)
ところが、診断が虫垂腫瘍となると事情は全く異なってきます。
虫垂腫瘍をなぜ見抜けたのか?
甘春は造影CTの画像を見て抱いた違和感を、
「虫垂炎にしては虫垂の周囲脂肪織の混濁がなさすぎる」
と表現します。
「造影CT」とは、CTを撮影する直前に造影剤を注射して行うCT検査のことです。
点滴をする時のように、血管内に急速に造影剤を注入し、その数秒後、造影剤が全身を巡っている最中にCTを撮影するわけです。
通常のCTに比べて、血流のある臓器が明るく写ることにより、CT画像にコントラストが付き、臓器や狙った病気によっては診断が容易になります。
特に、腹腔内の病気の診断に造影CTはきわめて有用です。
(造影剤にアレルギーを持っている人が一定数いますが、これについては第1話でも話題になりましたね)
次に甘春の言った「脂肪織の混濁」。
これは、炎症が起こっている臓器の周囲の脂肪組織がもやもやと明るく写ることを指します。
虫垂炎が起こっていると、虫垂の炎症が周囲に波及し、周囲の脂肪組織が明るく写るのが一般的です。
ところが、この所見がないことに甘春は疑問を持ちました。
虫垂に炎症を起こさない、異なる病気なのではないか、という発想を抱いたのですね。
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虫垂腫瘍とその治療
虫垂腫瘍とは、その名の通り「虫垂にできた腫瘍」のことです。
「大腸ポリープ」や「大腸腺腫」、「大腸がん」など大腸にできる一般的な腫瘍と比べると、虫垂の腫瘍は少し異なる特徴を持っています。
虫垂粘膜から分泌される粘液が溜まった腫瘍が破裂すると、「腹膜偽粘液腫(ぎねんえきしゅ)」を起こすことがあるためです。
今回甘春と五十嵐が心配していたのが、この病態ですね。
五十嵐はこれを「100万人に一人か二人がなるようなまれな病気」と患者さんに説明します。
「腹膜偽粘液腫」とは、お腹の中に腫瘍細胞を含むゼラチンのような粘液が大量に貯留すること。
原因は不明です。
ひとたび腹膜偽粘液腫が起こると、腹腔内に広く腫瘍細胞が散らばり、治療は難しくなります。
虫垂腫瘍だけであれば、痛みなどの症状はないのが一般的です。
今回発見できたのは、「回腸末端炎」という別の病気によって、偶然にも右下腹部に痛みが生じたためです。
小腸は、上流半分を「空腸」、下流半分を「回腸」と呼び、回腸末端とはこの出口付近、大腸につながる直前の部分のことです。
破裂する前に見つかったのは「幸運」である、という点を甘春が強調したのは、本来無症状で見つけにくいはずの病気が、回腸末端炎により偶然に見つかったからですね。
最後に余談ですが、ドラマでCT画像が出る時は、その病気の正確な画像が使われることが多い印象です。
2019年版「白い巨塔」でも、財前を襲ったステージ4の膵がんのCT画像は、まさに進行膵がんのCT画像そのものが使われていました。
今回使用された画像も、虫垂の付近に粘液が貯留した状態が写っています(ドラマ用に加工されているように見えますが)。
周囲の脂肪織の混濁もなく、ストーリーに合います。
医療者以外は気づかないであろう、こうした細かな部分まで気を遣ってドラマを作るのは大変だろうと改めて思います。
さて、ラジエーションハウスもあと2回で終了です。
来週も楽しみですね!
第7話はこちら
ラジエーションハウス第7話 感想&解説|検査予約が取れない時の現実的な対応