法医学がテーマのアンナチュラルでは、毎回様々な死因が登場した。
このブログでも、各話に登場した死因を毎週解説することで、法医学の世界を紹介してきた。
しかし最終回はこれまでで唯一、誰も死ぬことはなく、伏線を綺麗に回収して見事なハッピーエンドとなった。
よって最終回を医療面で解説するなら、テーマとしては「薬物中毒に対する救急医療」となるだろう。
特に今回出てきた、もしかすると聞き慣れないかもしれない「エチレングリコール」。
これは日常生活においては意外に身近な物質である。
第9話とも実はつながっている、今回も「わかると面白いポイント」について解説してみよう。
今回のあらすじ(ネタバレ)
UDIの中堂(井浦新)の恋人、夕希子を含む複数の女性を殺した疑いのある高瀬が警察に出頭する。
しかし高瀬は、死体損壊は認めたものの殺害は否定。
女性は自分の目の前で体調不良を訴え、自然に亡くなったのだと主張する。
高瀬を殺人罪に問う証拠はなく、捜査は難航。
ミコトらUDIのメンバーも、法医学の力では高瀬を殺人罪に問う手がかりを見出すことができない。
そんな中、高瀬が殺人犯であることを確信しながら、これまで取材を続けることでジャーナリストとして名を上げていた宍戸。
宍戸が確定的な証拠を持っていると疑った中堂は、宍戸を自宅で襲って薬液を注射し、「テトロドトキシンを注射した」と脅す。
テトロドトキシンは、全身を麻痺させて死を招く神経毒。
中堂は「証拠を出さなければ解毒剤は渡さない」と迫る。
宍戸が持っていた証拠は、高瀬が女性を殺害するときに使用した金魚の模様のついたゴムボールだった。
仕方なく証拠を中堂に手渡して解毒剤を手に入れた宍戸は、油断した中堂のゴムボールを奪い、硫酸で溶かしてしまう。
唯一の証拠を奪われた中堂だったが、本当の毒物は、解毒剤と偽って渡したエチレングリコールだった。
エチレングリコールを飲んだ宍戸は、全身痙攣に見舞われ意識を失ってしまう。
現場に駆けつけたミコト(石原さとみ)は、宍戸を殺そうとしている中堂を懸命に説得。
「戦うなら法医学で戦ってください」
中堂は持っていた解毒剤のホメピゾールをミコトに手渡し、宍戸は救われる。
証拠を失い落胆するUDIのメンバーは、事件を知ってUDIにやってきた夕希子の父親から、夕希子の遺体がアメリカで火葬されずに残っていることを知る。
8年前の夕希子の遺体を再解剖し、DNA鑑定を行なった結果、口腔内から高瀬のDNAを検出。
無事にミコトらは、法医学の力で高瀬を殺人罪で裁くことに成功したのだった。
薬物中毒の裏をかく中堂の作戦
まず今回、医学的に最も面白いポイントは、中堂が医師としての知識をフルに使って用意した、裏の裏をかいた作戦だろう。
作戦の流れはこうだ。
1. テトロドトキシンと偽って無害な麻酔薬を注射
2. 宍戸を脅して証拠を入手するつもりだが、万が一のことを想定し、解毒剤として渡す液体もエチレングリコールという劇毒
3. 証拠を確実に得られた時点で宍戸を救うために解毒剤のホメピゾールも持参しておく
3種類の薬物をポケットに忍ばせ、きっちり順番を間違えずに使い切ったが結局証拠は手に入らない、という最悪の展開ではあったが、非常に手の込んだフローである。
これだけ薬物が出てきて、かつミコトの早口な説明となると、いまひとつピンとこなかった人も多いに違いない。
流れを分かりやすく解説しておこう。
薬物中毒はなぜ怖いか?
薬物中毒は、とにかく緊急性が高い。
素早い治療が必要な救急疾患は他にもたくさんあるが、薬物中毒が特別なのは、
多彩な症状から中毒の原因を見出さなければならない
個々の中毒に対する治療法は一つ一つ違う
にもかかわらず現場では調べている余裕がない
その上、発生数自体はそれほど多くないため、いつも忘れた頃に搬送されてくる
という点である。
まさにいつも、「何を飲ませたの!?」というミコトの気分を味わうことになるわけだ。
よって基本は、救急外来に出るなら暗記できることは全部暗記。
救急医療の教科書には必ず「薬物中毒」という項目があり、それなりのページ数を割いてくれている。
テトロドトキシンとは?
テトロドトキシンは、日本で発見された自然毒として有名なフグ毒である。
神経毒であり、筋肉を動かす神経の信号をブロックし、全身を麻痺させる作用がある。
毒を摂取した20〜30分後から症状が現れ、そこからの経過も非常に速い。
全身の麻痺が急速に進行し、呼吸ができなくなり、多くは8時間以内に死亡する。
恐ろしいのは、最後の最後まで意識障害が起こらないこと。
つまり最後まで意識がはっきりしたまま死亡するのである。
同じ神経毒であるボツリヌス毒素(前回解説)と似ているが、大きく異なる点が一つある。
ミコトの説明の通り、テトロドトキシンには解毒剤(抗毒素血清)がいまだに存在しないことだ。
よって治療の方法は一つだけ。
体の中でテトロドトキシンが代謝され、体から排出されるまで人工呼吸を続けることである。
問題は、経過が速いために、医療者による人工呼吸がたいてい間に合わないことだ。
むろん今回のドラマではすぐそばに優秀な医師がいる。
宍戸に注射したのが仮に本物のテトロドトキシンであっても、救急セットさえあれば即座に気管挿管し、宍戸を救うことは一応可能である。
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エチレングリコールとは?
一般に「アルコール」というと「お酒」を指すことが多いが、お酒に含まれるアルコールは「エタノール」である。
エタノールは「飲んでも大丈夫なアルコール」だ。
正確には「アルコール」は総称で、エタノール以外にも多数のアルコール類があり、多くは人体に有害である。
たとえばメタノールは「エ」が「メ」に変わっただけだが、飲むと失明して死亡するほどの劇物である。
そして今回登場した「エチレングリコール」も有害なアルコールの一つ。
ジェル状にして凍らせたり溶かしたりを簡単に繰り返せるため、保冷剤にもよく使われる。
熱中症対策などに使われるアイマスク型のものや枕型のものもある、といえば誰でもイメージがわくだろう。
意外に身近な物質である。
特に、エチレングリコールには甘みがあるため、子どもの誤飲には注意が必要だ。
(久部はなめて確認していたが、なめる程度であれば問題ない)
体内で分解されてできるシュウ酸などの物質が毒性を示すため、中毒時はこの分解をストップすれば良い。
エチレングリコールを分解する酵素を阻害する薬剤が、今回ミコトが注射した「ホメピゾール」である。
この、アルコール類を分解する酵素は「アルコールデヒドロゲナーゼ」と呼ばれている。
お酒(エタノール)を飲んだ時も、この酵素が活躍してエタノールを分解してくれる。
エタノールが分解してできるのが「アセトアルデヒド」。
二日酔いの原因物質である。
このアセトアルデヒドを無害な酢酸に変えるのが「アルデヒドデヒドロゲナーゼ」だ。
この酵素をどのくらい持っているかが人によって違うため、「お酒に強いか弱いか」という違いが存在する。
一方、前述の有害なアルコール、「メタノール」がアルコールデヒドロゲナーゼで分解されてできる有害物質はホルムアルデヒド。
水に溶けるとホルマリンである。
こちらも分解産物が有害であり、これによって殺されたのが第9話の女性である。
ある意味、第9話との共通点をマニアックに楽しめるポイントだ。
アンナチュラルが描いた法医学の世界
第1話の解説記事で書いたように、日本は死因究明後進国であり、解剖率は非常に低い。
全編を通してこの現状を批判的に描きつつ、法医学の大切な役割を問う、という一本筋の通ったテーマには、終始共感した。
最後に久部の放ったセリフ、
「法医学は未来のための仕事」
とは、まさにその通りだ。
一見自然死や事故死に見せかけた犯罪死を法医学が見逃さないことが、将来の新たな犯罪死を未然に防ぐことにつながる。
これは、別の記事にも書いた通りである。
医学の中では比較的地味な領域である法医学を、明るく描いたアンナチュラルの脚本は素晴らしかった。
これを見て「法医学の世界に進みたい」と思う人が現れるかもしれないほど、登場人物も魅力的。
私も学生時代を思い出しながら法医学の世界に浸ることができ、有意義な機会になったと思う。
というわけで、今回でアンナチュラルの解説は終了。
アンナチュラルの記事はSNSでシェアしてくれる方が非常に多く、「おもしろい」とのお声も多数いただき、ありがたかった。
引き続き、このブログでは医療ドラマを解説していくので、ぜひ今後も足を運んでいただければと思う。
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