ドラマ「アンナチュラル」の放送は終わってしまいましたが、最終話の解説記事で書ききれなかった薬物中毒について、もう少し書いてみたいと思います。
医療ドラマでは薬物中毒が頻繁に扱われます。
その緊急性と、診断の難しさがドラマになるからです。
アンナチュラルでは、第1話で登場したフグ毒(テトロドトキシン)とエチレングリコールを最終話で再び登場させる、という巧みな伏線が張られていましたね。
また第9話では、メタノールの分解産物であるホルムアルデヒド(ホルマリン)中毒が登場します。
このブログの解説記事では、
ホメピゾールは、エチレングリコール中毒とメタノール中毒の共通の解毒剤である
というマニアックな知識を紹介しました。
また、第9話で当初疑われたのがボツリヌス中毒でした。
アンナチュラル第9話の解説の解説はこちら!
「コードブルー」でもこれまで、ボツリヌス中毒、ヒスタミン中毒、シアン中毒が出てきました。
3rd SEASON 第3話で扱われたシアン中毒は、新人医師の灰谷がシアンの「甘いにおい」に気づいたことが原因特定の鍵になりました。
アンナチュラルで、久部がエチレングリコールの「甘い味」に気づいた、という展開とよく似ています。
ベテラン医師でも気づけないことをビギナーが見抜いてしまう、という共通点もそうですが、「甘い」という共通点も重要なポイントです。
中毒でよく問題になる薬物は、基本的に「飲んでも苦味などの不快な味がない」という共通点があります。
当然ながら「一口舐めただけでものすごく苦い液体」なら、そもそも大量に飲めません。
「臭いがきつくて不快な気体」なら、その場にいられず退散しますから、重度の中毒にはなりません。
エチレングリコールは、久部が言ったように甘い味なので、大量に飲むことができます。
エチレングリコールの危険量は体重1kgあたり1mlです。
宍戸の体重は60キロくらいでしょうから、中堂が隠し持っていたビンの量でほぼ致死量と言って良いでしょう。
あの量ならあっという間に飲めてしまいます。
ちなみにメタノールは自動車のウィンドウウォッシャー液に含まれていますが、これを子供が飲んだという事故が起きています。
まさに薬物中毒は、「知識がないと危ない」ということがよく分かります。
死の危険のある薬物
アンナチュラル第9話の解説で私は、
「ボツリヌス毒素は自然界の毒素の中では最強」
と書きました。
人を死に至らしめる毒の中で代表的なものを、強いものから並べると、以下のようになります。
毒の名前 | LD50 |
---|---|
ボツリヌス毒素 | 0.0003 |
テタヌストキシン(破傷風毒素) | 0.0017 |
志賀毒素(赤痢菌の毒素) | 0.35 |
テトロドトキシン(フグ毒) | 10 |
ダイオキシン | 22 |
ウミヘビ毒 | 100 |
アコニチン(トリカブト毒) | 400 |
サリン | 420 |
コブラ毒 | 500 |
青酸カリ(シアン化合物) | 10000 |
(出典:「毒と薬の科学」/朝倉書店)
数字は「投与されると死ぬ最小の量(μg/kg)」ですので、数字が小さいほど強い毒です。
これを見るとわかるように、ボツリヌス毒素はフグ毒の約3000倍、青酸カリの約3000万倍強い、ということがわかります。
第9話の解説記事で書いたように、ボツリヌス中毒での死亡例の報告はこれまで多数あります。
十分に注意が必要です。
上の表で2番目に挙げた破傷風毒素もかなり強力です。
破傷風菌は土の中に存在し、汚れた傷口から感染する神経毒です。
感染から症状が出るまでに数日から数週間とかなり時間がかかるため、原因が分からずに治療が遅れることがあります。
「何となく話しにくい」「物が食べにくい」
といった漠然とした症状がゆっくり現れるのが特徴です。
数時間の単位で死亡するボツリヌス毒素とは対照的ですが、「時間がかかりすぎてむしろ危険」とも言えるでしょう。
最後に書いた青酸カリも、このように並べると弱いように見えますが、もちろんかなり強力で致死性の高い薬物です。
青酸カリはシアン化カリウムのことで、コードブルーで出てきた「シアン中毒」の原因物質です。
気体(青酸ガス)は皮膚から吸収されるため、マスクをしても中毒を防ぐことはできません。
かつてナチスがユダヤ人を強制収容したアウシュヴィッツで使った毒ガスとして有名です。
コードブルーでは、自殺を目的として男性患者が使用し、そのガスを医療スタッフが吸い込んだことで問題になります。
シアン化合物は工業用に使用されているため比較的手に入りやすく、自殺の手段として使われやすいのです。
コードブルー3rd SEASONでは、この症状や治療経過など、全てにおいて極めてリアルに描かれています。
コードブルー解説記事はこちらから!
さて、それに対してテトロドトキシンは簡単には手に入りません。
これはアンナチュラル最終回で中堂が言った通りです。
ちなみに手に入らない理由は、「流通していないから」どころではありません。
テトロドトキシンが合成できれば、「世界で○度目の成功だ」と研究発表ができ、表彰されるレベルです。
ジャーナリストとして有名な宍戸なら、知っていて当然の知識です。
宍戸を見下したような中堂の言い方は、
「ジャーナリストのくせにこんなことも知らないのか」
という意味ですね。
麻酔薬などの応用を目指して多くの研究者がテトロドトキシンの合成に挑戦している。
フグ毒とはそんな難物です。
ちなみに、テトロドトキシンはフグが生まれ持った毒素だと誤解している人はいませんか?
テトロドトキシンは、海藻に付着する細菌が作る毒素です。
これがフグの臓器に蓄積されているだけです。
よって、隔離した状態で卵から養殖したフグは無毒です。
逆に、海外に生息する一部のイモリやタコ、カエルなどもテトロドトキシンを持っています。
意外に知られていない豆知識ですね。
また、フグ自身がテトロドトキシンで死なないように、
「動物が食べて大丈夫だったから人間も大丈夫」
は通用しません。
トリカブトの根は猛毒ですが、これを食べて生きている昆虫はいます。
メタノール中毒は、アンナチュラル第9話の記事で解説したように、
メタノール→ホルムアルデヒド→蟻酸
という分解反応が体内で起き、最終的には有害な蟻酸が蓄積して死亡します。
しかし、これが起きるのは人間を含む霊長類だけです。
犬や猫、ウサギ、マウスなど動物実験で使うような動物は、蟻酸を効率よく代謝できるため、毒性はほとんどありません。
というわけで今回は、薬物中毒について知っておくと良いことをまとめました。
薬物中毒は知識が全てです。
ぜひこの記事を参考にしていただければと思います。