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アンナチュラル 解説|医学部では法医学と解剖学をどんな風に学ぶのか?

私はドラマ「アンナチュラル」の解説記事を毎週書いていますが、もちろん法医学は完全な専門外です。

しかしどの医師も大学時代に必ず法医学を詳しく学ぶので、私のような門外漢でも解説は可能です。

また法医学の講義では様々な遺体の写真が毎回提示されるので、かなり強く私たちの印象に残ります

かなりショッキングな映像も多く、同級生が講義中にパニック発作を起こして倒れたこともありました。

ドラマで出てくる自殺体や他殺体がいかに実際より綺麗なのかを思い知ったものです。

 

今回は、私たち医師が学生時代に、解剖学や法医学をどんな風に学んでいるかを紹介してみたいと思います。

興味がある方は読んでみてください。

 

医学部の講義はまず解剖学から

医学部のカリキュラムは大学によって微妙に違いますが、「解剖学からスタート」というところがほとんどです。

解剖学で私たちが使わせていただくのは、遺族のご厚意で医学部にいただいたご遺体です。

この時初めて私たちは、亡くなった方の体を「ご遺体」と呼ぶことを知ります。

医学の発展のためにご家族の尊い体を提供してくださった方への感謝の気持ちを込めて「ご遺体」と呼ぶわけです

アンナチュラルでは毎回出てくる言葉ですね。

 

医学部は一学年でおよそ70人〜100人程度ですので、これを10〜15グループくらいに分け、1グループあたり1人のご遺体を担当します。

実習室は厳粛な雰囲気が漂います。

未だ経験したことのない世界に足を踏み入れた緊張感の中、ご遺体に黙祷を捧げ、数週間に渡る実習が始まります。

 

分厚い解剖学の教科書と照らし合わせながら、胸部、腹部、上肢、下肢、というように、順に解剖して体の仕組みを学んでいきます。

前回の解説記事でも書きましたが、ご遺体はホルマリンで保存されています

ホルマリンの臭いがかなり強く、健康を害するリスクもあるので、マスクをつけて丁寧に行います。

実習中は解剖用の作業着に着替えますが、髪の毛だけにはどうしても臭いが付いてしまいます

実習があった日は髪に刺激臭がかなり残り、揮発したホルマリンで髪の毛が硬く変化します。

 

体の仕組みは教科書でも学べるのですが、「百聞は一見にしかず」という言葉があるように、実際に見て触って学ぶことは非常に多くあります。

臓器の色や大きさは想像していたものと随分違いますし、人の足や頭部は予想以上にずっしり重いのです。

頭は約5キロ、片足は約10キロあるので重いのは当然なのですが、自分の体に付いていると重量を感じることが全くできないことに改めて驚きました。

 

アンナチュラルのドラマのように、メスやハサミを使って解剖していくのですが、頭部だけはほとんどが骨なのでメスでは切れません。

そこで、解剖用の特殊な電気ノコギリを使用して解剖します。

こういう場面はテレビでは使用しにくいため出てきませんが、当然ながら頭部の解剖も非常に大切です。

また使用しにくいといえば、生殖器もそうです。

男性と女性は生殖器の仕組みが全く違うので、男性のご遺体を担当したグループと女性のご遺体を担当したグループは、生殖器を学ぶ時はお互い見学する形で知識を補います

 

最初は途中で体調が悪くなり休憩する学生もいるのですが、徐々に慣れてくるとともに、知識欲や勉強への意欲が勝るので、結局は全員がしっかり参加して実習を終えます。

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法医学の講義

一方、法医学の講義はたいてい医学部の2年生〜3年生の時にあります。

死因について知るにはまず、生きている体の仕組みを十分に知っている必要があります

そこで法医学を学ぶのは、ある程度人体について学んでからです。

法医学の講義では、様々な死因や、それに関係する遺体の外観や臓器の変化について学びます。

これまでの解説記事でも書いたように、「死体現象」から始まり、溺死焼死感電死凍死凶器による損傷などを順に勉強していきます。

臨床の現場では、診察や血液検査、画像検査などで病気の原因を「間接的」に探ることしかできません。

一方、法医学の世界ではそれを全て「直接的」に見て知ることができます。

よって法医学の講義は、とにかく写真ばかりです。

講義中は、大画面のスライドで様々な遺体の姿が表示されます。

かなりショッキングなものも多いので、苦手な学生は途中で体調が悪くなることもあります。

特に顔面の損傷は、見るだけでも精神的にこたえます。

 

また、遺体に残された所見は、その人の死にゆく姿をそのまま切り取ったものです。

たとえば、溺死体では溺れる最中に必死で呼吸しようとした痕跡として口の中に多量の泡が残ります。

首を絞められた他殺体では、首にかけられた紐や縄を必死に外そうとした無数の引っかき傷が首に残ります。

こういう写真を見て想像を巡らせるのは辛いものです。

 

しかし、死の原因を細かく分析することは非常に大切です。

どんな死に隠された真実も医師が必ず暴く、という事実が、新たな犯罪死を抑止する力になるからです。

法医学は人の死後を扱う仕事ですが、将来新たに生まれるかもしれない死を未然に防ぐという意味では、生きている私たちのための大切な学問だとも言えます。

まさに「不自然な死(unnatural death)は許さない」というわけですね。

 

というわけで今回は、アンナチュラル放送中というタイムリーな時期ですので、あまり一般には知られていない、解剖学と法医学について解説してみました。

来週はいよいよ最終回。

どんなお話になるか、楽しみですね。