これまで多くの方から、
「救急現場での処置に麻酔はいらないのですか?」
という質問をいただいていました。
確かにコードブルーでは、現場で処置をする際も、病院で手術をする際も、麻酔をしている様子はありませんね。
頭にドリルで穴を開けたり、胸をズバッと切って開胸したり、など、救急医たちは様々な処置を麻酔なしで行っているようです。
こんなことは本当に可能なのでしょうか?
今回は麻酔について簡単に説明したいと思います。
これまでの緊急処置を振り返る
コードブルーの第8話までの手術、緊急処置・手術シーンを振り返ってみましょう(もう一度過去の放送を見たい方は無料で見る方法がありますので、末尾にリンクを貼っておきます)。
頭部の処置
藍沢が得意とする脳外科手術である穿頭(頭蓋骨に穴を開ける処置)は、これまで2回ありました。
第1話で山車に頭を挟まれた少年と、第6話で倉庫内で突然倒れた若い作業員に対する処置です。
倉庫内での男性の頭部処置はこちらの記事で図解入りで詳しく説明しましたね。
さすがの藍沢でも、意識障害の原因がなかなかわからず苦労していました。
いずれも麻酔なしで、ドリルで頭蓋骨に穴を開けていましたね。
開腹手術
これまで開腹手術は主なものが2回ありました。
一つは第3話で、自殺を図って病室から飛び降りた男性のダメージコントロール手術です。
搬送されてすぐに藍沢が開腹しましたね。
超緊急事態のため、メイヨー(ハサミ)で開腹するというリアルな「荒技」については、こちらの記事で解説しました。
そして前回の第8話。
名取のカットダウンとREBOA挿入により何とか時間稼ぎに成功したのち、藍沢らが到着。
その場で開腹手術をして、腹腔内出血の少年を救いました。
いずれも麻酔をした様子はありません。
開胸手術
主なものは2回ありました。
第2話で、救急車内で急変した患者さんに藍沢がエコー(超音波)を当て、心タンポナーデを見抜きます。
第2話の解説記事で説明したように、急変前に1度エコーを当てたとき異常がなかったので藍沢が珍しく油断してしまった、という話でしたね。
針を刺して血液を抜こうとしますが、血液が固まって抜けず、すぐに開胸し血液を除去してことなきを得ました。
それから第7話。
踏切事故で心停止寸前の男性を、白石が開胸して大動脈遮断と心臓マッサージを行おうとしました。
こちらは第7話の解説記事で説明したように、救命を諦めざるをえませんでした。
これらも、いずれも麻酔なしで開胸していましたね。
小手術
第6話での冷凍庫内のシーンで、足からの出血を止めるため、大腿動脈(足の付け根の動脈)の遮断が必要になります。
ところが、この時だけは「麻酔がない」という話が持ち上がります。
白石が、
「氷で冷やせば痛みが軽くなるのではないか」
と助言したり、
「麻酔なしではできません!」
と横峯があきらめそうになったり。
この時だけはなぜか、麻酔の話が出てきましたね。
これまでと同じなら、いつも通り麻酔もせずズバっと切れば良いものを、そうはしませんでした。
あの場面では手持ちの麻酔薬がない、という特殊なケースでしたが、あれば麻酔をしていた、という話の流れでした。
何が違うのでしょうか?
全身麻酔が必要か?局所麻酔が必要か?
上にあげた7つの例のうち、最後の1例だけが違う最大のポイントは、局所麻酔でできる処置だということです。
局所麻酔、というのはつまり、切ったり縫ったりする部分の皮膚だけを麻酔することです。
足の付け根を切り開くだけですから、その部分の皮膚を麻酔すれば痛みをとることができます。
局所麻酔は短時間で簡単にできますので、緊急の場面でも行います。
局所麻酔薬を注射器に入れて皮膚に注射すれば、ものの数十秒で効くからです。
また痛みがあると患者さんはどうしても動いてしまい、処置が確実にできなくなります。
むしろきっちり麻酔をかけた方が、かえって安全でスピーディーな処置が可能なので、急いでいても麻酔をする時間を惜しんではいけないポイントです。
一方、それ以外の、穿頭、開腹、開胸の6例は全て、本来なら全身麻酔が必要な処置です。
全身麻酔が必要、というのはつまり、患者さんの意識を失わせなければできない、という意味です。
切ったり縫ったりするのは表面の皮膚だけではないからです。
ですから、脳の手術や、胃や大腸などの開腹手術、心臓や肺などの開胸手術は全て、普通は全身麻酔をかけて行います。
これは緊急手術でも同じです。
急いで手術をしなくてはならないなら、急いでオペ室に運び込んで麻酔科医に全身麻酔をかけてもらえば良いのです。
では、手術室に運ぶ時間すらないくらいの緊急事態だったらどうでしょうか?
災害現場で処置をする場合はこのケースです。
また、院内でも救急外来から動かせないくらいの超緊急の場合もそうです。
この場合はやむを得ず、麻酔なしでやるしかありません。
救命のためには、頭蓋骨に穴を開けたり、お腹や胸を切り開いたり、ということを麻酔なしでやらざるを得ないことになります。
ただ、この「超緊急事態」というとき、まず患者さんの意識はありません。
あまりに重篤な全身状態に陥っているからです。
上述した 「患者さんの意識を失わせなければできない」という条件は、実はほとんどの場合、自然に満たされてしまっています。
ですから、麻酔なしで行ったとしても、痛みで患者さんが悶絶する、ということはありません。
上にあげた6例は全て、そういう特殊な例だったということです。
では、
「患者さんの意識はないが、手術室に運ぶ余裕はある」
というケースはどうでしょうか?
むしろ実際にはこちらの方が、私たちがよく遭遇するパターンです。
患者さんの意識はないので、わざわざ手術室に運んで麻酔科医に全身麻酔をかけてもらう必要はないのでしょうか?
意識がないということは、もう全身麻酔がかかっているのと同じでしょうか?
実はそうではありません。
手術室に運ぶ余裕があるなら、全身麻酔は必ず必要です。
繰り返しますが、全身麻酔をかけないのは、その余裕がないほどの超緊急時だけです。
なぜでしょうか?
実は全身麻酔に必要なのは、意識を失わせることだけではないからです。
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全身麻酔に必要な要素
上で「意識を失わせる」と書きました。
この麻酔の効果のことを「鎮静」と言います。
全身麻酔ではこれを、薬を点滴したり、気体の薬を吸入してもらうことによって行います。
しかし全身麻酔に必要なのは鎮静だけではありません。
全身麻酔に必要な3要素として
・鎮静(ちんせい)
・鎮痛(ちんつう)
・筋弛緩(きんしかん)
があります。
これらが満たされないと、安全な全身麻酔はできません。
難しい言葉ばかりが出てきましたが、意味は全く難しくありません。
鎮静剤で眠っているだけでは、強い痛みで起きてしまうかもしれない。
ですから強い鎮痛剤の投与も同時に必要です。
眠っていて、かつ痛みも除去していても、反射で体が勝手に動くことがあります。
膝頭を叩くと足が勝手に動く、あの「反射」です。
特に脳外科の手術など、頭が自然に反射で1mm動いてしまうだけでも大事故につながります。
藍沢や新海が、顕微鏡をのぞきながら脳外科手術をするシーンがよく出てきますね。
頭が1mmでも動けば、顕微鏡の中の視野はものすごく大きく動いてしまいます。
ですから、手術では全身が完全に静止している必要があります。
もちろん、私たちが行う消化器外科手術でも同じです。
筋弛緩薬の効果が切れていると、お腹の筋肉がピクピク痙攣したり、勝手に動いたりして手術がスムーズにできなくなります。
そのために、筋弛緩薬を使って筋肉を完全に動かなくしてしまいます(通常15分〜20分ごとに麻酔科医が投与することで、持続的に筋肉の動きを止めることができます)。
これらの3つの要素が揃って初めて、患者さんに苦痛のない、安全な全身麻酔が可能になります。
再び戻って考えれば、現場で意識のない人に麻酔なしで治療をする、というのは、少し乱暴な言い方をすれば、
鎮静のみを行って、鎮痛や筋弛緩はなし、という不十分な全身麻酔をかけている
と考えれば良いでしょう。
本当は鎮痛や筋弛緩もすべきですが、患者さんに多少の負担がかかっても、命を救うためにはスピードを優先せざるを得ないポイントだということです。
ただ、本当に患者さんが痛みを感じないほどの意識障害に陥っているかどうかは、正確には誰にもわかりません。
麻酔科医が麻酔薬で管理すれば100%意識を失った状態を維持できますが、病気のせいで意識がなくなった人の場合は、「不十分な鎮静」に値する可能性も十分あります。
ですから救急の現場では、本当に全身麻酔をかける時間もないほど超緊急なのか、という判断は非常に大切です。
何でもかんでもその場で麻酔なしで手術、というのは許されないということですね。
<追記>
局所麻酔について、以下のような質問をいただいたので追記したいと思います。
第2回で横峯がヘリの機内で初めての胸腔ドレーンを行う時、局所麻酔をしようとしたら、白石に麻酔せずにすぐに切開するように指示されましたが、なぜでしょうか?
あの場合、本当は麻酔した方が良かったんではないでしょうか?
by 讃岐獣さん
確かにそうです。
あのシーンを振り返ると、
横峯がバッグを揉んでいたら、換気ができなくなってきた
↓
救急車で別行動中の藍沢に連絡
↓
緊張性気胸と見抜き、脱気を指示
という流れでした。
そして藍沢が翔北に連絡、白石にフォローを指示。
白石が横峯に、局所麻酔なしでの胸腔ドレーン留置を指示します。
あの場面は、色々な解釈ができるので難しいところです。
あのとき患者さんは意識がなく、気管挿管されて自発呼吸もない状態でした。
患者さんは意識はないし、超緊急時だから麻酔なしでの切開は可能、という白石の判断だったかもしれません。
もしそうなら、冷凍庫内の男性と違うポイントは意識のあるなしです。
指示したのは同じ白石です。
ただ、あの時の患者さんの正確な呼吸状態が分からないので、答えは一つではありません。
予想ですが、躊躇する横峯に藍沢から、
「なんのために練習したんだ、患者を救うためじゃないのか」
と説教するくだりがあったり、横峯がじっと悩んだりする時間があったということは、本当に数秒で命が危ない、という状況ではなかったと考えます。
つまりどんどんSpO2が下がってきて超緊急という状態ではなかったという予想です(SpO2については「コードブルー3 医師が解説|意識レベル、バイタルって何?どうなると危険?」参照)。
そう考えると、サッと局所麻酔をした方がよいのでは、とも思えます。
隣にいるのは慣れた看護師冴島ですから、二人でやればたぶん数秒でできます(周りの布陣を瞬時に考えることも大事)。
一見意識がないように見えても、痛みで顔をしかめたり体が動いたりする可能性があるからです。
その意味では、緊張性気胸という数分で死に至る可能性のある病態で、かつ相手がフェローの横峯だということを加味した白石が、
「自分なら局所麻酔をするが、慣れない横峯には、救命のためにとにかく脱気を優先させた方が良い」
と考えた可能性もあります。
ケースバイケースなので、私たちにとっても局所麻酔の有無の判断は結構難しいところです。
ただ、一見意識はないから局所麻酔は全く不要!と言い切ってしまのは良くないと私は個人的には思います(ただ、医師によってここは賛否両論はあると思います)。
<追記おわり>
ところで、第8話の手術シーンをもう一度振り返ってみてください。
AAA(腹部大動脈瘤)の患者さんを搬送するドクターヘリが病院に戻ってきても、灰谷は「何かがおかしい」と少年のそばに付きっ切りでしたね。
名取があきれたように「おい!灰谷!」と声をかけた瞬間、モニターのアラームが鳴り響き、少年が急変。
焦ったように灰谷が、
「慎一くん!ショックだ!」
と言い、現場が慌ただしくなります。
その後カットが入り、ICUへ移動する姿が映りますが、その時には少年はもう気管挿管されており、名取がバッグを揉んで換気しています。
私が少し気になっているのは、コードブルーを見て、
「ショック状態=意識を失う」
と誤解している人がいるのではないか、ということです。
実際の医療現場では、ショック状態でも普通に話している人の方が多いのですが、コードブルーでは、ショックで意識を失ってしまう人が妙に多いように思います。
実際にはモニターをつけたり、血圧や脈拍を測定しない限り、「ショックであるかどうか」はほとんど分かりません。
コードブルーでも数え切れないくらいショックという言葉が出てきますが、意外にこの辺りをきっちり理解している人は少ないのではないでしょうか?
次回は、このショックについて分かりやすく解説したいと思います。
ショックの解説はこちら!
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