これまでの医療ドラマでよくみる救急患者や急変患者の対応シーンは、だいたい医者が白衣を翻して走り回ったり、大声を上げたりとお祭り騒ぎである。
ところがコードブルーはそうではない。
全員が落ち着いて対応し、大声を出すスタッフは一人もいない。
この辺りは他の医療ドラマと違って非常にリアリティがあるところだ。
特に毎度の緋山(戸田恵梨香)の「Aラインとってー」とか「頭部CTオーダーしてー」のような、落ち着いた、というよりやや脱力した感じの指示の出し方など、実際の救急現場を見学して、きっとモデルがいるに違いない。
そのくらいの「救急医あるあるキャラ」である。
確かに、特に中堅のスタッフは、患者さんの命が目の前で危うくなって内心は焦りがあったとしても、それを表に出さず努めて冷静でいなければならない。
周囲のスタッフや後輩たちに無用な緊張を与えないためである。
だが、これほどまでに冷静沈着な救急医たちが、こと患者さんの前では毎度のように冷静さを失ってしどろもどろになったり、妙に正直すぎたりと、若干不思議なシーンが多いのもまたコードブルーの特徴だ。
というわけで今回も、毎週恒例のツッコミ&解説を展開していきたいと思う。
まず前半は骨盤骨折を解説し、後半は正直すぎる救急医たちが患者さんに謝る姿にツッコミを入れてみたいと思う。
骨盤骨折はなぜ怖いのか?
今回は冒頭から、外傷救急において絶対に見逃してはならない「骨盤骨折」が登場した。
非常に重要な、救急医にとって避けては通れない外傷でありながら、ドラマではその重症度について今ひとつピンとこなかった方も多いのではないかと思う。
まずこれについてわかりやすく解説したいと思う。
第4話ではフェローとも思えぬ豊富な知識と機転を見せたはずの名取(有岡大貴)が、今度は骨盤骨折の見逃しという初歩的なミスをやってしまう。
下水道工事中に増水によって流された作業員の一人を診療した名取は、腕の骨折のみと誤診して二次救急病院に搬送してしまう。
搬送先で患者がショックになったと連絡を受けた名取は、骨盤骨折の見逃しを指摘されると、反省するどころか居直って部屋を飛び出してしまう。
どの業界でもそうだと思うが、プライドだけが高く自らの能力を過信する人は、そのパフォーマンスに大きな浮き沈みがあるのが常であり、彼もまたその典型的なキャラ設定である。
今回登場した骨盤骨折は、見逃せば短時間で患者を死に至らしめるという恐ろしい外傷である。
私も名取より2歳ほど若い研修医1年目の頃に、救急外来でその危険性を叩き込まれた。
外傷の診療においては、患者さんが搬送されたらまず「見逃すと患者さんを死なせてしまう」タイプの損傷がないかどうかをスピーディに検索する。
そのために最初に救急医がすべき医療行為は以下の3つだ。
これらは「外傷初期診療ガイドライン」で定められている。
研修医の頃は、これを「ハリーポッターは速い:針(点滴の注射)、ポッター(ポータブルX線)、FAST(速い)」という語呂合わせで覚える。
頭より先に体が自然に動いてできなくてはならない一連の処置である。
この中のポータブルX線で撮影するのが、胸と骨盤である。
普通のX線撮影は、誰しも経験があるように自分でレントゲン室に歩いて行って、機械の前に立って撮影する。
だが、外傷患者の場合それはできないため、放射線技師が巨大な移動式のX線撮影装置を持ってベッドまで来てくれる。
これがポータブルX線撮影である。
ここでのポイントは
・胸部X線で大量血胸(胸の空間への大出血)と多発肋骨骨折がないかだけを見る
・骨盤 X 線で骨盤骨折がないかどうかだけを見る
ということ。
まずはこれ以上詳しく見ない。
なぜなら、これら以外は短時間で致命的になることはなく、ほかの損傷に気をとられている時間はないからだ。
では、なぜ骨盤骨折はそれほど怖いのか?
第2話の解説記事で、大量出血でも体内に起これば外から見ても気づかない、ということについて述べた。
骨盤骨折によって起こる出血は、量にして最大4リットルとされ、骨折で起こる出血の中では圧倒的に最多である。
そしてこれだけの出血が全て体内に起こるため、外観では一切その判別ができない。
ちなみに人間の血液量は体重の13分の1で、体重60キロの人で4.5リットル。
これだけの血液を一気に失うと、急激に血圧は下がり、あっという間に心停止に陥ってしまう。
骨盤骨折を知った橘(椎名桔平)が、「IVR室に至急連絡して」と指示を出していた。
IVRとはinterventional radiologyの略である。
骨盤骨折による出血の原因となっている太い血管までカテーテルを進め、コイルなどの塞栓物質を使って血管を詰めてしまう治療のことだ。
骨盤骨折による出血性ショックでは、緊急止血を行わなければ、患者さんの命は一瞬にして失われてしまうのである。
ちなみに、この男性が気にしていた、隣のベッドの若手のレスキュー隊員は、溺水によって搬送中に心肺停止に陥っていた。
これに対して言った藍沢のセリフは
「意識障害の原因は低酸素脳症だろう、溺れた時間が長すぎた」
最近、高校野球部の女子マネージャー死亡のニュースで話題になった「低酸素脳症」の正しい使い方である。
誤解している人が多いため、こちらの記事にまとめている。
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患者さんの前では正直すぎる医師たち
一方、妊娠中の冴島(比嘉愛未)が勤務中に倒れ、頸管無力症によって破水し、結果として流産してしまう。
この冴島の急変を一手に引き受けたのは、なぜか救急医の緋山。
産科のトレーニングを一定期間積んでいるとはいえ、これほどの緊急事態なら、いつものトーンで「産婦人科医呼んでー」と言ってほしかったが、「救急医が全部やっちゃう」のがコードブルー。
これについては前回の第4話感想記事でさんざん突っ込んだのでもう今回はいいだろう。
それはともかく、緋山は冴島の聞こえるところで「まずい」とか「破水した」などと独り言を言ってしまうなど、不自然なほどのおっちょこちょいぶりを見せる。
その言葉を聞いた冴島は瞬時にして色を失う。
患者さんと共に病気と闘うべき医師が、戦意を喪失させるような本音を漏らすなど、絶対にやってはいけないミスである。
さらには、病室で他の患者さんもいるところで「骨盤骨折を見逃してすみませんでした」と患者さんに謝る白石(新垣結衣)。
加えて最後にしおらしく反省した名取が思い立ったように「実は見落としたのは僕です、すみませんでした」と謝罪。
それを「成長したね、名取」と言わんばかりに微笑ましく眺める白石。
何とも不思議すぎる光景である。
本来こういうことがあれば、医療スタッフ全員で、患者さんとご家族にどのように説明すべきかを入念に話し合った上で、別室で順を追ってゆっくり事情を説明しなければならない。
またその際に謝罪すべきなのは名取でも白石でもない。
当然、救急部部長である橘に説明責任がある。
なぜこういうミスが起こったのか、このミスによって患者さんにどういう合併症が起こりうるか、それに対してどういう治療を行っていくのか、責任者から丁寧に説明しなければならない。
物分かりの良い患者さんだったから良かった、では済まされない。
万一このあと1ヶ月や2ヶ月経ってから神経障害や性機能障害などの後遺症が発生した場合、間違いなく訴訟問題に発展する。
ミスがあった際に個人が自分のタイミングで患者さんに正直に謝れば良いというものではない、ということは医師として肝に銘じておく必要があるだろう。
・・・とまあ、今回も厳しく(ウザく)ツッコミを入れているのだが、もちろん私は今回もテレビの前で、藤川(浅利陽介)と冴島の渾身の名演技に何度も流涙していた。
また、ベテランレスキュー隊員の
「レスキューの現場に条件の良いときなんてない」
「何か起きたとき(救命できなくても)言い訳をしようと思えばいくらでもできる」
「そんな言い訳をする人間に命を預けたいと思うか」
との名台詞は胸に突き刺さった。
私たち外科医も、緊急手術の現場ではそうだ。
非常に悪い条件下で救命を目指す中で、「もう少し早く受診してくれれば」と言い訳をしたくなることもある。
だが、患者さんは病院に行ったその時から命を医者に預けているのだ。
医者が過去を振り返って言い訳をするのは許されない。
ドラマを見て、改めて気づかされたのであった。
というわけで今回も長文駄文、最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回もお楽しみに!
第6話の感想・解説記事はこちら
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