解説①を先にどうぞ!
前回記事の続きで、今回メインとなった泥酔患者の治療、手術について詳しく解説していきたいと思う。
まず最初に、泥酔患者がなぜ要注意なのか、私の体験も踏まえて説明する。
次に、専門用語が連発され、流れがわかりにくいと思われた手術について徹底解説していこう。
泥酔患者に注意すべき理由
のちに急変し、瀕死の状態となるこの患者さんは当初泥酔しており、外来やCT室で暴れ、スタッフ5人がかりで押さえつけられながら処置を受けている。
これは、夜間(特に金曜や土曜の夜)の救急外来ではよく見る光景だ。
中にはスタッフに暴言を吐いたり、セクハラをしたり、殴ってきたりする人もいて、手を焼くこともしょっちゅうある。
これは泥酔に限らず、精神疾患や薬物中毒による幻覚や幻聴でパニックになっている人、重度の認知症の人などでも起こりうる。
注意すべきは、暴れている原因が「泥酔」や「精神の錯乱状態」だと決めつけてしまいがちだということ。
こういう人に怖い病気が隠れていることがあるからだ。
私がまだ研修医の頃、泥酔して暴言を吐きながら暴れる患者さんを抑制するため、ご家族をすぐに外来に迎え入れると、申し訳なさそうに、
「普段は深酒しても暴れたりする人じゃないんですけどねぇ、ほんとにすみません」
などと言われて背筋が凍ったことがある。
実は酔って転倒して頭を打撲していて、頭蓋内出血が原因だったのである。
今回の患者さんも、
高所転落の高エネルギー外傷だったのに、その経緯を最初に聞き出せていなかった
最初に暴れるのを押さえつけながらCTを撮った時には、出血を見逃していた
というのは、まさに泥酔患者への油断が生んだ結果である。
最初の時点でしっかりFASTをやっておけば、早めに黒田に連絡することができただろうし、ここは今後に向けてフェローたちが反省すべき点だ。
(FAST=エコーによる体内の出血の確認。「救急医療の要、FAST(ファスト):致命的な出血をエコーで見抜く!」で解説しています)
余談だが、街中で泥酔して倒れている患者さんを救急要請してくださる方の多くは、救急車が到着するまでにいなくなってしまう。
倒れている人を見て見ぬ振りをするのは良心の呵責があるが、かといってあまり関わりたくもない、という心境だろう。
だがせめて救急要請した時は、ぜひ救急隊が到着するまではいていただきたいと思う。
どういう状態で倒れていたのか、待っている間に状態に変化はあったのか、など第一発見者からの情報は非常に大切だからだ。
さて、ではこの患者さんに対して藍沢らフェローたちはどういう手術を行ったのか?
そして、のちほど黒田から「お前らの腕は最低だ」と言われたのはなぜだったのか?
次にそれを解説する。
その前に・・・
第3話まで見直して、今のところ3rd SEASONで見た医療シーンの徹底的にこだわったリアリティはあまり見られない。
と思っていると、読者の方から以下のようなコメントをいただいた。
1st・スペシャル・2nd と、3rdでは脚本家が異なるのですが、始めの頃は、脚本ができてから医療監修とのことで無理があったそうです。
なので、その後は脚本と医療監修を同時に作り込むようになっていったとのこと…
今後どの辺りで違和感が減って行くのかも、素人には気になるところです笑
by りこ*さん
これを読んで納得した。
その辺りも含めて、3rd SEASONとの違いも指摘していこうと思う。
なぜ患者は大量出血したか?
まず患者さんが急変した時に白石がCT写真を見て下腹部を指差し、
「これ血腫かも」
と言う。
その後、藍沢がエコーを当て、
「後腹膜血腫だ」
と言って血腫の存在をエコーで確認する。
後腹膜腔とは、お腹の中の空間ではなく、そこから膜を隔てて背中側に広がる空間のこと。
ここに腎臓や尿管などの臓器や、大動脈や大静脈などの太い血管がある。
今回出血源となっていた外腸骨静脈も、最終的に大静脈に流れ込む後腹膜腔の血管である。
したがってこれが出血すると、後腹膜腔に血液が広がることになる。
これを後腹膜血腫と呼ぶ。
「血腫」とは血の塊のことだ。
次に緋山が、
「この人、狭心症で抗凝固剤飲んでるわ・・・」
とカルテを見ながらつぶやく。
狭心症は、心臓を取り巻く冠動脈の通り道が、主に動脈硬化が原因で細くなり、胸の痛みが出ること。
完全に詰まってしまうと心筋梗塞を引き起こす。
それを予防するため、血をサラサラにして固まりにくくする薬を飲むことが多い。
これが「抗凝固剤」つまり、血が凝固するのを防ぐ薬である。
ちなみに本当は「抗凝固剤」ではなく「抗血小板剤」だ。
こういう用語の単純なミスは、3rd SEASONでは皆無である。
静脈の血栓を予防するのが抗凝固剤(ワーファリンなど)、動脈の血栓を予防するのが抗血小板剤(アスピリンなど)。
冠動脈に原因がある狭心症はもちろん後者の適応だ。
他にも脳梗塞や不整脈などで、非常に多くの方(特に高齢者)が血をサラサラにする薬を内服している。
怖いのは、血が固まりにくいために、普通なら出血しないような怪我でも大量に出血することだ。
緋山のセリフを聞いた藤川が、
「嘘だろ!?どんどん血が出るぞ!」
と言ったのはそういう意味だ。
今回は泥酔して階段から転落した男性が腹部を打撲したと思われるが、この種の薬の内服がなければショックになるほど大出血は起こらなかっただろう。
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藍沢の開腹はなぜ黒田に叱られたか?
次に、藍沢が冴島からメスをもらって開腹するシーン。
この開腹の仕方に関して後ほど黒田から、
「腹の開け方、剣状突起から恥骨上まで思い切って正中切開してる。あれじゃ見えるものも見えん」
と叱られる。
剣状突起とは、みぞおちで左右の肋骨が描くV字の谷底にある小さな骨のこと。
恥骨とは、陰部のすぐ上の陰毛が生えている部分を押さえると硬く触れる骨のこと。
つまり藍沢は、みぞおちから陰部の直上まで大開腹したということだ。
「見えるものも見えん」のはなぜ?
むしろ見やすいのでは?
と思った方がいるかもしれない。
実は、こんなにも大きく開けてしまうと、小腸がお腹の中に収まりきらずにあふれてきてしまい、かえって手術がやりにくくなる。
これを押さえるのに、もう一人の手が必要になる。
手術中に怯えたように横で見ていた藤川が、藍沢に腸を押さえておくよう指示されるが、「さもありなん」である。
今回はCTで出血点が下腹部であることが事前に確認できていた。
であれば、下腹部正中切開(へそより2、3cm上から恥骨上まで)がベストだっただろう。
次に藍沢がメスで皮膚を切ったあと、「ピー」という電子音がして何かが焦げる音とともに煙が立ち上っている。
これは、皮膚の表面を切ったあと電気メスを用いて皮下組織を切っているところだ。
皮下組織は細かい血管が多いため、電気メスで細かい出血を焼きながら(凝固しながら)開腹する必要があるからだ。
ただし、お腹が張るくらいの大量出血、血圧70台のショック状態。
3rd SEASONの藍沢なら、迷わずメイヨーやクーパー(はさみ)で高速で開腹したはずだ
(「コードブルー3の医療器具/用語を医師が全て解説|第6話までを振り返って」参照)。
むろん、1st SEASONでもすでに卓越した救急診療能力を持った藍沢が、やけにゆったり開腹しているのは少し違和感のあるところだ。
藍沢がまだ未熟という描写かもしれないが、ここに3rd SEASONと同じくらいの監修が入るとしたら、この描写をプロの救急医は許さないだろう。
これだと、私のように救急医でない外科医や、内科医が監修した「普通の医療ドラマ」という感じである。
というわけで、3rd SEASONを見た後1st SEASONを見ると、どうもリアリティや臨場感に物足りなさを感じてしまう。
それなりにリアルなのは間違いないが、3rd SEASONのリアリティがあまりに完璧すぎるために、それを見た後だとどうも見劣りする。
これからは、3rd SEASONの監修と比較しながら、どのように変わっていくのかを楽しみにしつつ第4話以降も解説していくことにしよう。
<追記>
黒田のセリフに関して、読者の方からご指摘をいただき、私のセリフの聞き間違いが判明しました。
正確には、
「剣状突起から恥骨上まで思い切って正中切開しろ」
でした。失礼しました。
つまり「開け方が小さすぎると見えるものも見えない」という意味だったのですね。
しかしこれだと不自然、というかリアルなセリフとは言い難いでしょう。
まず、術中に藍沢は、
「左の横隔膜下を見せてくれ」
と藤川に指示します。
これは上腹部がほぼ完全に開腹されていることを意味します。
横隔膜は腹部の一番頭側にあります。
その後、出血点である外腸骨静脈をクランプしますが、外腸骨静脈は、下腹部の最も足側です。
これらを両方見るには、上から下まで完全な正中切開でないと不可能です。
黒田から指摘された藍沢は、実際どんな開腹をしていたのだろう?という疑問が残ります(私がセリフを聞き間違えたのも、これが原因での思い込みです)。
また、CTを術前に撮っているのにあてずっぽうに大開腹する、ということも実際にはありません。
こういうところも3rd SEASONでは緻密に監修されていたのかもしれませんね。
1st SEASONの解説記事総まとめはこちら!
第4話の解説記事はこちら!