第8話の感想&解説記事は、放送終了後に書いて夜中に更新しましたが、一晩のうちに非常に多くの方が見てくださりました。
SNSなどでも「すごく面白い!」「ドラマが何倍も面白くなる」など嬉しいコメントをいただき、本当に幸せなことです。
心より感謝いたします。ありがとうございます。
前回記事はこちら
さて、今回の内容に関して、追加で何本か解説記事を書く必要があるなと感じていたところ、ちょうど質問をいただきましたので、それにお答えする形で解説したいと思います。
名取のやった処置は難しい技術なのですか?
灰谷が白石の名前で睡眠薬を処方していたのは大問題ですよね?
by yoshiさん(一部改変)
まずフェローの名取(有岡大貴)が行なった処置は、カットダウンによってカテーテルを血管内に挿入するものでした。
この「カットダウン」という言葉は何度も出てきましたね。
最後の場面で安心して涙する名取に緋山(戸田恵梨香)が、
「REBOA(レボア)入れたんだって?カットダウンして。 救命医デビューだね。 おめでとう」
と褒めるシーンもありました。
しかしこれらの処置について詳しい説明はありませんでしたね。
「カットダウン?REBOA?どういう意味?」
と思った方が多いかもしれません。
一方、同じくフェローの灰谷(成田凌)は、白石(新垣結衣)の名前を使ってこっそり睡眠薬を自分に大量に処方したのに、その部分はあまり語られませんでした。
これをあっさり見過ごして大丈夫だったのでしょうか?
今回はこれらについて解説してみたいと思います。
カットダウンとは一体なに?
カットダウンは特殊な処置なので、その話をする前に、REBOAについて書きましょう。
今回は、脾門部の仮性動脈瘤が破裂して起こった出血を止めるため、フェローたちがREBOAを行いました。
REBOAは、名前は難しそうですが、仕組みは全く難しくありません。
カテーテルを用い、バルーンによって大動脈の血流を遮断する治療です。
大動脈を遮断して血流を止めれば、出血を一時的に止めることができます。
IABOと呼ぶ施設の方が多いかもしれません。
今回、止血の手段としてREBOAを思いついたのはフェローの横峯(新木優子)でした。
とっさの判断で、
「冴島さん、7フレンチの大動脈遮断バルーン用意してください!」
と指示していましたね(フレンチは太さの単位です)。
これまでに何度か出てきたのは、開胸あるいは開腹して、遮断鉗子を用いて、直接大動脈を挟んで止める、というシーンでした。
第7話では、踏切事故で心停止寸前の男性を救命するために白石が、
「大動脈を遮断して脳への血流を確保する!」
と言って胸の側面をズバッと切りました。
これと同じことを、体を切らずに行うのがREBOAです。
つまり、足の付け根の動脈からカテーテルを入れ、大動脈内に到達し、そこでバルーンをふくらませて血流を遮断します。
外から遮断するか、内から遮断するかの違いです。
外から直接大動脈を遮断するためには、当たり前ですがお腹や胸を切り開く必要があります。
しかしカテーテルなら、足の細い動脈からカテーテルを入れて大動脈まで先端を進め、そこで遮断ができますので、体に大きな傷が残りません。
動脈に注射針を刺し、その穴に細いカテーテルを挿入していくだけです。
ただ、REBOAは日本では十分に普及した技術とは言い難く、限られた先端施設のみで行なっている治療と考えてよいでしょう。
カテーテル治療は、もちろんREBOAだけではありません。
脳動脈瘤や心筋梗塞、肝臓癌の治療など、数え切れないほど様々にあります。
前述の通り、いずれにしてもカテーテル挿入のためには動脈に針をさす必要があります。
しかし、動脈はほとんどが深い所を通っています。
みなさんご自身の手の甲や腕を見てみてください。
表面に浮いている血管がありますね?
これは全て静脈です。
一般に点滴をしているのは全て静脈です。
動脈は簡単にはどこにあるか分からないはずです。
表面から透けて見えるほど浅いところに動脈はないからです。
しかし、体の中でいくつか、体表面に近いところを動脈が走っている部分があります。
関節が曲がる部分の内側、つまり、手首や肘、足の付け根です。
手首の内側で脈を触れるように指を当ててみてください。
ドクドクと拍動を触れますね。
これが橈骨(とうこつ)動脈です。
以前にも触れましたが、自殺を目的にこの部分を切ることをリストカットと言います。
「リスト」はリストバンドのリスト、「手首」という意味です。
動脈が浅いところを走っていて簡単に損傷できるため、自殺目的に使われます。
同じく足の付け根でも拍動を触れることができます。
これが大腿(だいたい)動脈です。
第6話で、冷凍庫内で足から出血した患者さんの止血のため、足の付け根を切り開いて大腿動脈を遮断するシーンがありましたね。
この処置の解説記事はこちら
一般にカテーテルを挿入する治療では、これらの浅い動脈を狙うことになります。
しかし浅いとは言え、動脈は静脈のように皮膚から透けて見えませんので、針を刺すためには拍動を頼りにすることになります。
拍動を手で触れながら、距離感を探りつつ針を進めていきます。
その意味では、静脈に点滴をするのと違って、「当てずっぽう」に刺すことになります(もちろん慣れれば一発で刺さります)。
問題は、動脈の拍動が触れにくい人、皮下脂肪が多い人などが相手の時に、難しいことがある、ということです。
そういう時に行うのが「カットダウン」です。
カットダウンとは、皮膚を切り開いて動脈を露出し、その動脈を見ながら直接針を刺すことです。
こうすれば「当てずっぽう」ではなくなりますね。
動脈を見ながら刺すわけですから、確実です。
今回のREBOAのシーンを振り返ってみましょう。
まず横峯が動脈の穿刺(針を刺す)を試みますが、患者さんはショック状態。
血圧が低すぎて拍動が触れません。
(「名取&灰谷に学ぶ「ショック状態」の意味と危険性」参照)
上述した通り、拍動が触れなければ動脈の位置もわからず、注射針を刺してもうまく動脈に当たらないわけですね。
「拍動が触れない・・・!」
と険しい顔で呟く横峯。
そこで名取の登場です。
「俺にやらせてくれ、カットダウンしてみる。血管を露出させて直接穿刺する」
と言い、見事にカットダウンを決めます。
もうこのセリフの意味はわかりますね。
もちろん、体に傷を残さないのがカテーテル治療のメリットなので、よほどのことがない限り、カットダウンなど行いませんし、その必要もありません。
今回はきわめて緊急性が高い場面で、しかも拍動が触れず、カテーテル挿入にも難渋しそうだ、となった場面で、カットダウンはスピード重視の奥の手でした。
横峯が穿刺に難渋したとき、
「俺に穿刺をさせてくれ」
ではなく、即座にカットダウンという代替案を提示した名取のとっさの動きは、紛れもなくファインプレーです。
カットダウンという技術自体の難度は高くありませんが、傷を小さくすることにこだわらなかった彼の判断は、なかなかできないことだと思います。
ただ、脾臓からの大量出血は、このあと藍沢が行なったように、脾臓を切除するか、摘出しなければ止めることは困難です。
ですから、REBOAは一時しのぎでしかありません。
しかも上述したように、REBOAはあまり普及しておらず、適応となる患者さんも非常に少ないため、若手のトレーニングはあまりできません。
その点、開腹手術で止血するだけなら、普段の手術で基本操作のトレーニングを積むことができます。
フェロー達が、古典的な開腹手術はできないのに、REBOAという特殊な技術は持ち合わせている、という状況は、やや違和感の残る部分ではあります。
むろん、あの場面でフェロー達が開腹して、
「藍沢先生、止血しときましたよ!」
だったらドラマが成り立ちませんので、設定上、彼らに許されたのは「応急処置まで」ということでしょう。
ですが前回記事でも指摘したように、そもそもこういう心配は普通救急医がすることではありません。
外科医を呼べば済む話です。
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灰谷の職場復帰は厳禁
余談ですが、私が研修医の頃も、救急部で非常に厳しい指導を受けました。
その時、口すっぱく言われていたのは、
「患者さんを自宅に帰す時は、突然死する病気が隠れている可能性がないか、念には念を入れて確認しなさい」
ということでした。
自宅に帰っていただく患者さんは、普通は症状が悪化すればまた病院に戻って来られます。
私たちも、「何か症状に変化があれば再度受診してくださいね」と言います。
しかし、もし自宅で突然亡くなるような病気を見逃していたら、その患者さんが病院に来るチャンスはもう二度とないわけです。
よくある突然死する病気として、心筋梗塞や不整脈、肺血栓塞栓症(エコノミークラス症候群)など、心血管系の病気や、くも膜下出血、脳出血など脳血管疾患が挙げられます。
ただ、もう一つ突然死する病気として絶対に見逃してはいけない、と言われていた病気があります。
うつ病です。
うつ病の方は症状が悪化すると、自殺のリスクがきわめて高くなるからです。
たとえば、「疲れやすい」とか「眠れない」といったありふれた症状で来た方が、実は重度のうつ病だったということがあります。
特に自殺企図での自傷(自殺を目的として自分の体を傷つけること)で来院された方は、たとえ傷が軽症でも入院の適応になりえます。
なぜこういう話をしたか、というと、灰谷はまさにこの状態の可能性があるからです。
灰谷は、患者さんを救えなかったという自責の念が高じて、自ら駅のホームから飛び降りました。
しかも、睡眠薬を白石の名前でこっそり自分に大量に処方していました。
白石から、
「ホントにうっかり落ちたんだよね?」
ときかれた灰谷は、
「一瞬思っちゃったんです。この一歩を踏み出せば楽になれるかなって」
と答えました。
すでに自殺を目的として大怪我を負ったのは明らかで、この状況での職場復帰はありえないことです。
患者さんにも迷惑がかかります。
すぐに精神科受診、入院が必要と言って良い状況でしょう。
専門的な治療が必要だと思います。
私たち医療者は、大学を卒業して医療現場に出たその日から、突然人の生死と密接に関わることになります。
中には精神を病んでしまう方も少なくありません。
私たちは、後輩が苦しんでいないかどうか、いつも気を遣っていますし、無理をしないようケアしています。
なぜ灰谷があっさり復帰して周囲の人もさして気にしていないのか、不思議で仕方ありません。
もちろんこれは医療現場に限った話ではないでしょう。
20代、30代の死因の第1位は「自殺」です。
職場の先輩や同僚が守らなければ、誰が守るのでしょうか?
復帰後、妙に愛想が良く不自然な笑顔を見せ、必要以上に慎重になる灰谷を心から心配する白石に、
「それ、強迫神経症だよ?」
と冗談で茶化す藤川(浅利陽介)。
「相変わらずお節介だね。あんなんで死ぬとか言ってんだったら弱すぎ」
と冷たい緋山。
「俺は緋山と同感だ。お前が騒いでも何も解決しない」
と無関心の藍沢。
チームワークが良く、緋山の感染を本気で心配する割には、灰谷に対しては奇妙なほどの軽率な行動だと私は思いました。
さて、今回はここまでで終わりにしますが、前回と今回の記事を読んで、まだしっくり来ない方がいるのではないでしょうか?
おそらく、
「仮性動脈瘤ってそもそも何?仮性って?普通の動脈瘤と違うの?」
と疑問に思っている方がいるはずです。
製作者が意図してかわかりませんが、今回の第8話では、少年の仮性動脈瘤の破裂が起こったとき、同時に腹部大動脈瘤破裂の急患が搬送されていましたね。
同じ「動脈瘤」という名を持つこの2つの病気は、実は意味合いが全く異なります。
次はこれについて解説します。
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