グッドドクター第5話は、外科手術というより、新人医師である湊の成長が中心に描かれました。
グッドドクターにおける「自閉症」は、「新人医師の未熟さ」を表す一つの記号と捉えることもできます。
私が第2話の記事でも書いた通り、湊が起こす数々の事件は、自閉症の有無によらず医師がビギナーの頃に経験しがちな失敗が、少し誇張して描かれたもの。
グッドドクターは、人一倍純粋で、人柄の良い新人外科医の成長物語になっていると言えます。
今回もいつも通り、医学的にリアリティとドラマとしての脚色の境界を解説するとともに、感想を述べてみたいと思います。
今回のあらすじ
本郷記念病院の特別個室に一人の少年が入院します。
著名なボーイソプラノ歌手、羽山響です。
彼は、「下咽頭梨状窩瘻(かいんとうりじょうかろう)」という先天性疾患を持っており、それが原因で繰り返し首に炎症を起こしていました。
早急な手術が必要と判断されるも、リサイタルを控えた彼をスパルタ指導する父親が手術に反対します。
手術によって声が出なくなるリスクがあったからです。
湊(山崎賢人)は響に近づき、何とか手術を受けてもらおうと画策する中で、
本当は響が歌が好きではないこと、父親に言われるがままに厳しい指導を受け入れ、苦悩しながら練習を続けていたこと
を知ります。
心を閉ざしていた響でしたが、同じ病棟の患児が白血病の再発で厳しい治療を受けること、彼が闘病中に響の歌声に勇気付けられていたことを知り、心を開きます。
その姿を見た父親は息子の真意を知り、手術を受け入れました。
手術では、いつものように湊が天才的な知識を発揮。
高山(藤木直人)や瀬戸(上野樹里)は湊の力を借りながら、手術を無事に成功させたのでした。
下咽頭梨状窩瘻とは?
今回登場した「下咽頭梨状窩瘻」は聞き取るのも難しい病名なのですが、原理は全く難しくありません。
まず、「瘻(ろう)」とは、管と管の間や、臓器と体外の間にできた「正常ではない通り道」のことを指します。
例えば、胃に穴を開けて体外とつなげ、胃に直接栄養剤を投与できる「通り道」を「胃ろう」と呼びます。
肛門の周囲に感染して膿の溜まりができ、これが大きくなってお尻の皮膚に穴が空いて膿が出てしまうことで肛門と体外をつなぐ異常な通り道ができてしまうのが「痔ろう」です。
「下咽頭梨状窩ろう」とは、下咽頭梨状窩と呼ばれる喉の部分と、甲状腺(首の前側にある臓器)との間に「異常な通り道」ができている先天性の疾患です。
ご存知の通り、口の中は細菌だらけです。
甲状腺は首の前側にあるホルモンを作る臓器ですが、ここと喉の奥が繋がっていると、口の中の細菌が甲状腺へ到達し、細菌感染を起こしやすくなります。
甲状腺は本来細菌感染を起こしにくい臓器ですが、この異常な通り道のせいで、頻繁に細菌感染を起こして炎症を繰り返すのです。
ひどい場合は、首の前側が真っ赤に腫れ、破れて膿が外に出てくることもあります。
まさに響くんはこの状態だったわけですね。
手術では、この「異常な通り道」=「瘻孔(ろうこう)」を見つけ、これを切除することで治療します。
さて、甲状腺周囲を手術する際、非常に注意しなくてはならないポイントがあります。
「神経の走行」です。
甲状腺周囲の神経の把握
今回の病気は耳鼻咽喉科(頭頸部外科)領域の疾患ですが、私たち消化器外科でも食道手術の際に同じ部位を扱います。
この際、最も大切なのが神経の走行を正確に把握することです。
今回問題となったのは、歌手である響くんの声を守れるか、ということでしたね。
甲状腺周囲には、声帯を支配する「反回神経」が走行しているからです。
左右に1本ずつあるこの神経を傷つけると、声がかすれ、うまく喋れなくなってしまいます。
万が一両方とも傷つけ、声帯が閉じた状態で固定されてしまうと呼吸ができなくなる恐れもあります。
そこで手術の際には、この神経を傷つけないよう慎重な操作が必要となるのです。
特に食道がんはこの神経周囲のリンパ節に転移しやすいため、リンパ節を摘出する際、どれだけ気をつけても神経の麻痺が回避できない場面もあります。
ちなみにこの神経は、「声がかすれる」という分かりやすい症状がドラマになりやすく、ドクターX 5期第3話でも登場しています。
さて、今回湊は細かな神経の走行をスケッチし、これを見た高山が湊を手術に入れることを決めましたね。
ドラマでは、湊は「CTに映らない喉の神経まで全て把握している」ということになっていましたが、さすがにこれはフィクションです。
画像検査に映らない神経の走行は、全て手術中に直接確認しなくては分かりません。
逆に、一般的な神経の走行は教科書に詳しく載っているので、画像検査で分からない神経の走行を推測するには耳鼻科の教科書を確認すれば良いでしょう。
むろん、患者さん一人一人、神経の通る位置は微妙に違い、教科書通りの人ばかりではありません。
そこで、後で瀬戸に褒められた湊のセリフ、
「この方法がうまくいくかどうかは実際のどを開けてみないと分かりません」
が、術前の説明として重要になってきます。
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湊の成長と術前の説明
湊は第2話で、壊死性腸炎の患児のお母さんに「高山が手術すれば治る」と無断で伝え、高山に叱られることになりました。
確かな根拠もないのに、医師が患者さんに不用意に希望的観測を伝えることは許されないからです。
術前検査の精度は完璧ではないため、術前の想定通りの手術が行えないこともよくあります。
どれだけ事前にCTやMRIなどで精密に画像検査を行っても、実際手術を始めたら想定もしていなかった異常が見つかる、という経験は、私たち外科医にとっては避けては通れません。
そこで、術前に患者さんとご家族に説明するときは、
「予定ではこの手術ですが、実際予定通りの手術ができるどうかは直接見てみないと分かりません。
想定外のことがあった際は、手術中に適切に判断してプランを変更します。
途中で麻酔を覚まして『予定と違った方法でやります』とは言えませんので、事後報告になりますがお許しください」
というのが、私の決まり文句です。
まさしく今回の湊の、
「この方法がうまくいくかどうかは実際のどを開けてみないと分かりません」
が、術前の外科医の言うべきセリフそのものです。
湊は高山から、術前の正しい説明の仕方を学んだのですね。
むしろ湊は「非常に飲み込みの早いビギナー」だと言って良いでしょう。
また、湊は患者と同じ目線で病気を見て、患者に寄り添うことで信頼を獲得できる、貴重な能力を持っています。
彼の豊かな感受性や心遣いを見れば、医師としての適性は十分備えていることが分かります。
高山が言うように「自分の感情をコントロールできるかどうか」が今後の彼の成長を左右します。
私が繰り返し書いていることですが、
一見現場に向いていないと思われる人でも、良き指導者との出会いと適切な教育によって、現場で活躍できる人材になる
その好例がグッドドクターで描かれているのです。
私はこのブログで160本以上のドラマ解説記事を書き、ドラマ製作に携わる方々とも直接関わることで、医療ドラマの「精度」がかなり見えるようになってきたと感じます。
例えばグッドドクターの外科医のセリフ一つ一つを聞けば、かなり丁寧な現場取材が行われていることがよく分かります。
今後の展開が非常に楽しみなドラマです。
(参考文献)
日本小児外科学会「梨状窩瘻」
下咽頭梨状窩瘻手術症例の検討/口咽科 25:1;99~103, 2012
第6話の解説はこちら!