前回の記事「病棟看護師の看護記録によく見る不思議な間違い表現」に続く第二弾です。
今回は、研修医の先生もよく間違えることの多い言葉を一覧で解説してみたいと思います。
下血と血便
下血は「黒色便・タール便」、血便は「鮮血便」のことです。
しかし、これを混同して使っている看護師や医師は非常に多いように思います。
おそらく最もよく見るのは、鮮血が出ているのに「下血」と言ってしまうケースです。
「内科診断学」第3版には
「下血は、黒色のタール便(melena)のみに使用し、鮮血に近い血便(hematocheziaまたはbloody stool)と区別して使用する」
と明記されています。
「朝倉内科学」第11版にも
「下血は血液により黒色やタール様になった便を肛門より排泄することと定義される。血便とは糞便中に新鮮血が混入あるいは便の表面に付着したり、新鮮血そのものを排出することである」
と書かれてあります。
これらの教科書的な定義をきっちり守って表現すべきでしょう。
むしろ誤解を招く下血や血便という言葉を使うより、黒色便や鮮血便という言葉を使う方が良いかもしれません。
黒色便は、その多くが上部消化管出血に起因しますから、一般的には鮮血便より緊急性を要します。
正確な病態把握のためにも、誰が見ても便の性状がわかる方法で記載すべきです。
(注:朝倉内科学には別の箇所に「臨床的には下血は血便を包括して用いられる」という記載があるため、厳密には「下血」が「間違い」とは言い切れないとも言えます)
Mチューブ、マーゲンチューブ、NGチューブ
これらは、同じ物品を指す言葉があまりにも多いのが難点です。
ここに挙げたものの他、セイラムサンプ、ゼオンといった商品名で呼ばれることもあります。
まず、Mチューブとマーゲンチューブは同義ですが、いずれも胃を意味するドイツ語の「マーゲン」と英語の「チューブ」を組み合わせて作った、少し奇妙な言葉です。
正確性を重視するなら、細い管や棒を表すドイツ語「ゾンデ」を用いて「マーゲンゾンデ」とすればドイツ語で統一できます。
NGチューブも正確な医学用語ではないと思いますが、「NG=nasogastric(鼻から胃)」で、鼻から胃内に留置したカテーテルの総称なので、通称として使用する分にはよいでしょう。
ただし、先端を十二指腸に留置するケースや、挿管中の患者に口から挿入する(OGチューブ)ケースもあるため、表現に注意が必要です。
セイラムサンプチューブは、胃に溜まった排液を排出するための太めのダブルルーメンチューブの商品名です。
「サンプ」とは、外から空気を入れることで中の液体が外に出る「サンプ効果」のことです。
セイラムサンプチューブであれば、青いルーメンが外から空気を取り込むルートで、太い透明のルーメンが液体を排出するルートになります。
外から空気が入らないと効率的に液体は排出できないため、青い部分を切ったり結んだりしてはいけません。
急須のフタについた小さな穴をふさぐと、お茶が注げなくなるのと同じ理屈です。
このチューブは経腸栄養にも使用できますが、経腸栄養だけが目的なら、太いダブルルーメンである必要はありません。
「ゼオンEN カテーテル」に代表される経腸栄養用の細いチューブを使用すればよいでしょう(ENはenteral nutritionでその名の通り)。
これを通称、ED(Elemental Diet)チューブと呼ぶこともあります。
真に正確な医学用語を使うのであれば、「経鼻胃管」とし、そこに「減圧目的に」や「経腸栄養目的に」と目的も併記するのが最も分かりやすいかと思います。
なお、消化器病棟で使う管は、これらの他にイレウス管やコロレクタルチューブなどもあります。
使い分けに自信のない方は、以下の記事を参照してみてください。
マーゲンチューブ・イレウス管・EDチューブ|管の種類と違い・使い分け
CVCとTPNとIVH
CVCはcentral venous catheterで、「中心静脈カテーテル」です。
つまり、物品の名前です。
TPNはtotal parenteral nutritionで完全静脈栄養、一般的には中心静脈栄養、高カロリー輸液のことを指します。
つまり、治療法の名前です。
IVHはintravenous hyperalimentation(経静脈的過栄養?)の略語ですが、我が国だけで用いられている間違った言葉です(かつては海外でも使用されていたこともあるようですが)。
つまり、IVHは使う必要のない言葉です。
「IVHを行う」は「TPNを行う」の誤りで、「IVHを挿入する」は意味をなしません。
IVHという言葉の使用を許容したとしても、英語からしてこれは物品の名前ではないので二重の間違いです。
ちなみに近年では、末梢血管から中心静脈まで長いカテーテルを挿入する、PICCによるTPNが主流です。
ESPENやCDCなど海外のガイドラインでは、以前からPICCが第一選択と記載されていますが、我が国では鎖骨下や内頸のCVCが第一選択となっている病院もまだ多くあります。
詳細は以下の記事もご参照ください。
もう迷わない!中心静脈カテーテル(CV)の目的と種類、合併症とは?
ストーマとイレオストミーとコロストミー
ストーマは「瘻孔」のことですが、便宜的に「人工肛門」を指すのが一般的です。
小腸(回腸)で作った人工肛門は「回腸人工肛門」、結腸で作った人工肛門は「結腸人工肛門」でいいのですが、これをイレオストミー、コロストミーと記載する人をよく見ます。
-stomyとは「開口術、瘻孔を作る手術」を表す言葉です。
つまり、Ileostomyは回腸人工肛門造設術、colostomyは結腸人工肛門造設術です。
これらはモノの名前ではなく、術式の名前と考えるべきです。
したがって、「イレオストミー造設」や「右下腹部にイレオストミーあり」「イレオストミーより排液500mlあり」といった表現は不正確です。
「ストーマより」であれば正確です。
前回記事で、「上腹部にPEGあり」「PEGより経腸栄養剤注入」は誤りと書きましたが、それと同じ理屈です。
何度も書いているように、スタッフ間で誤解がなく、すでに共通の認識がある通称に対して過度に正確性を強要する必要はありません。
ただ、公式の文書に書く際には、正式名称なのか商品名なのか、正確なのか誤りなのかということは認識しておいたほうが良いでしょう。
こちらもご覧ください。
研修医/看護師向け|必ず一度はやってしまう感染症診療の間違い集