何らかの理由で酸素が足りなくなったとき、病院では様々な方法で酸素を投与します。
テレビドラマでも、こんな患者さんや、
こんな患者さん
を見ますよね。
これはどういう目的で使いわけているのでしょうか?
今回は、これまでこのサイトに寄せられたご質問の中で多かった、酸素投与や人工呼吸について、わかりやすくまとめます。
医療者でない方向けに分かりやすくまとめていますので、ぜひ参考にしてみてください。
(もちろん医療者でもビギナーの方は基本を身につけるのには役立ちます)
酸素が足りない状態とは?
私たちは酸素がないと生きていけません。
どんな臓器も、酸素がないと働かないからです。
そこで、口や鼻から空気を取り入れて、肺で酸素を血液中に取り込み、全身に酸素が運ばれる仕組みになっています。
しかし何らかの理由で酸素が足りなくなることがあります。
肺の病気や、胸部の外傷、気道の閉塞(詰まる)、意識障害で呼吸が浅くなる(または止まる)といったことが原因です。
酸素が足りないかどうかは、採血をして血液中の酸素濃度を調べれば分かります。
普段行う採血は静脈の血液を取りますね。
静脈は体の表面にあって注射しやすく、かつ押さえれば簡単に止血できるからです。
一方、酸素濃度を調べたいときは動脈の血液を取ります。
酸素を全身に送り届けるのは動脈なので、ここに酸素が十分含まれているかを知ることが大切だからです。
ほとんどの動脈は、皮膚の表面から見えない深いところを走っているため、注射が簡単ではありません。
そこで、最もよく使うのが手首の内側です。
よく脈をとる部分ですね。
ここは動脈が浅いところを通っているため、動脈採血が比較的簡単にできます。
(自殺を目的に動脈を切る、リストカットの時もここが使われます)
ただ、呼吸状態が悪い患者さんの血液中の酸素濃度は、刻一刻と変動しています。
急激に酸素が足りなくなっている、という場面で、何度も採血をして酸素濃度を測定していては間に合いません。
酸素濃度をリアルタイムに知る必要が出てきます。
そこでよく用いるのが、パルスオキシメーターです。
指先に装着するだけで、血液中の酸素濃度をモニターにパーセンテージ(%)で表示してくれます。
この数字をSpO2(「エスピーオーツー」、通称「サチュレーション」)と呼びます。
以下の記事もご参照ください。
ただし、これは血液中の酸素濃度を簡易的に推測しているだけです。
手足の先が冷たくなっていたり、血流が乏しい方では全く測定できないこともあります。
正確な値を知るためには、やはり動脈採血が必要です。
さて、ではこれらのツールを用いて「酸素が足りない」とわかった時はどうするでしょうか?
酸素を投与することになります。
理科の授業で習ったように、私たちが呼吸している大気中の空気の酸素濃度は約20%ですね。
この濃度では足りない場面だということです。
様々な種類の酸素投与方法がありますが、いずれもドラマやテレビで見たことがあるはずです。
酸素を投与する
鼻カニュラ
酸素が足りない場合にまず使うのが、鼻カニュラ(鼻カニューレ、ネーザルカニューレ)です。
鼻から少量の酸素を送り込むことができます。
しかし、それほどたくさんの酸素は投与できません。
大量に流すと鼻の粘膜が乾燥してしまう上に、鼻への刺激で不快感が強すぎるからです。
多くても1分間に5リットルまでが限度です。
(一般に3リットルを超える時は投与時に酸素を加湿します)
酸素マスク
鼻カニュラでも間に合わないくらい酸素が必要なら、次に酸素マスクを装着します。
つまり、1分間に5リットル以上の酸素が必要な場合に用います。
鼻と口にかぶせて酸素を送り込みます。
おおよそ1分間に8リットル程度まで酸素を投与することができます。
逆に5リットル未満で酸素マスクを使用してはいけません。
流量が少ないと、自分の吐いた二酸化炭素がマスク内にたまり、それを再び吸い込んでしまうからです。
リザーバー付き酸素マスク
酸素マスクを使っても酸素が足りない!
そういう時は、リザーバー付きの酸素マスクを使用します。
酸素マスクに、リザーバーと呼ばれる袋がついているのが特徴です。
これを使うことで、1分間に10リットル程度まで酸素を投与できます。
これがマスクで投与できる酸素の限界です。
では、これでも酸素が足りなかったらどうするでしょうか?
次に行うのは、人工的な換気です。
人工的に換気する
大量の酸素をマスクで投与しても、呼吸の状態が改善しない(酸素濃度の数字が上がらない)場合、人工的に無理やり換気する必要があります。
当然、呼吸が止まったり、気道が詰まったりしているケースでは、酸素をいくらたくさん流しても肺まで届きません。
そこで使うのが、バッグバルブマスクや、ジャクソンリースと呼ばれる器械です。
広告
バッグバルブマスク
代表的な製造元であるAmbu社の名前を使って「アンビューバッグ」と通称されることもあります。
マスクにゴムボールのようなバッグが付いていて、これを揉むことで圧をかけて空気を送り込むことができます。
呼吸が止まっている、気道が詰まっているというケースでは、酸素ではなく空気を送り込めば十分(大気中の酸素濃度でOK)です。
しかし大量の酸素も送り込みたい、というケースでは、このバッグバルブマスクにリザーバーのついた管をつないで酸素投与もできます。
ジャクソンリース
マスクに風船のようなバッグが付いている点ではバッグバルブマスクと同じです。
バッグバルブマスクとの違いは、風船の部分の材質がやわらかいことです。
バッグバルブマスクは固い材質でできているので、何もしない状態では膨らんだままです。
一方、ジャクソンリースはやわらかくて薄い材質でできているので、何もしない状態では完全にしぼんでいます。
管をつないで酸素を流すと膨らみ、これを揉めばバッグバルブマスクと同じように換気ができる構造になっています。
余談ですが、ドラマ「コードブルー2nd SEASON」の最終回で、横隔膜破裂でお腹の中の臓器が胸の中に脱出し、肺が圧迫された患者が出てきます。
最初はバッグバルブマスクで換気しますが、現場で処置をしていた救急医の緋山(戸田恵梨香)が、ジャクソンリースに変えるよう指示します。
なぜ、緋山医師はこういう指示をしたのでしょうか?
バッグバルブマスクとジャクソンリースの使い分け
ジャクソンリースは、患者さんが自分で呼吸することでも風船が膨らむので、医療者が自発呼吸を手元で感じることができます。
つまり、
患者さんの自発呼吸があるか?
あるならどのくらい強くあるか?(浅い、止まりかけの呼吸なのか、ある程度呼吸する力があるのか)
ということが分かります。
ゴムボールのように膨らんだ状態のバッグバルブマスクでは、患者さんの「膨らませる力=自発呼吸の力」を感じることができません。
また、ジャクソンリースは風船が柔らかいので、揉むときの微妙な抵抗を感じやすい利点もあります。
気道が詰まっていたり、肺が膨らみにくい要因があるとき、手元の硬さを医療者が敏感に感じられます。
例の「コードブルー」のシーンは、横隔膜が破裂し、腹腔内の臓器によって肺が圧迫された状態でした。
ジャクソンリースに変えたのは、より敏感に抵抗を手元で感じる必要があったためです。
一方、ジャクソンリースには欠点もあります。
当然ながら、管をつないで酸素を流さなければ膨らまない、つまり換気できないということです。
何もしないとしぼんだままだからです。
院外などで酸素ボンベがないケースでは役に立ちません。
院内でも、急激に呼吸状態が悪くなった時、ジャクソンリースを用意して管をつないで酸素を流して膨らませて・・・という余裕はありません。
バッグバルブマスクは常に膨らんだ状態なので、これを揉むだけで空気を気道に押し込むことができます。
そこで、人工的に換気したいときはまずバッグバルブマスクを使うことになります。
最後は気管挿管
バッグバルブマスクやジャクソンリースのバッグを揉めば、人工的に十分な空気と酸素を送り込むことができます。
仮に呼吸が止まっていても、これがあれば安心です。
しかしこのままでは、呼吸状態が改善するまで患者さんの横で医療者がバッグを揉み続けなければならなくなります。
これでは困るので、「バッグを定期的に揉む」という作業を器械にやってもらいます。
つまり人工呼吸器を使うということです。
気管に管を入れ、これを人工呼吸器につなぎ、空気を定期的に送り込みます。
人工呼吸器では、投与する酸素の量や、空気を送り込む圧力、呼吸の回数など、細かい設定ができます。
一般的に、人工呼吸器を使用しなくてはならない患者さんは集中治療室(ICU)で管理されます。
重症で、病態がいつ変化するか分からないため、医療者が常に豊富にいる部署が最適だからですね。
今回は、鼻カニュラから人工呼吸器まで、呼吸管理についてまとめました。
これからは、医療ドラマなどテレビで酸素投与の場面を見たら、この内容を思い出してみてください。
より深くストーリーの流れを理解することができるはずです。
また医療者は、ここに書いただけの知識ではまだ不十分です。
ベンチュリーマスクや高流量鼻カニュラ(ネーザルハイフロー)、NPPV(BiPAP:バイパップ)と、FiO2やPaO2との関係など深い学習が必要です。
この記事で基礎知識を身につけてステップアップしましょう。