アンナチュラル第4話では、法医学というより、脳外科あるいは神経内科領域で重要な病態が登場した。
クモ膜下出血
椎骨動脈解離
の2つである。
クモ膜下出血は、頭部外傷を起こした際には特に診断の難しい重要な病態。
そして、椎骨動脈解離は、誰にでも起こりうる「人ごとではない」怖い病気だ。
今回は、このポイントに絞って簡単に解説しておこう。
今回のあらすじ(ネタバレ)
UDIラボに、ある男性のご遺体の解剖依頼が入る。
死亡の原因はバイクの単独事故。
男性は有名ケーキ店の製造工場で働く職員であり、工場では荷重労働が黙認されていた。
過労が事故の原因なら、会社に賠償責任を問うことができる。
偶然にも遺族は、弁護士であるミコト(石原さとみ)の母、夏代に調査を依頼。
夏代は娘の働くUDIラボに、死因の調査に訪れる。
男性は、解剖の結果クモ膜下出血があることが発覚。
さらに病理の結果、椎骨動脈解離が起きていたことも判明する。
椎骨動脈解離が起きた時期は事故の30日前と推測され、これが事故の一因になったのではないかと疑うUDIラボのスタッフたち。
男性の妻によれば、男性は事故の30日前にもバイクで転倒事故を起こしていた。
ミコトらは、バイクについた傷から事故現場を特定し、防犯カメラで転倒を証明することに成功。
この転倒事故により椎骨動脈解離が起き、さらにこれが破裂して出血したことで、バイク走行中に意識を失ったことが事故原因だったのである。
単独事故の頭部外傷で注意すべきこと
以前別の記事で、「単独事故は傷が軽くても油断してはいけない」ということを書いた。
こちらの記事を参照。
車やバイク同士での事故ではなく、「単独」の事故であった場合、見逃してはならない病気が隠れている可能性があるからだ。
単独事故の原因は、私たち医師が「6つのS」と語呂合わせで覚えるほど重要なので、再掲してみよう。
Sake:酒
Sleep:居眠り
Seizure、Stroke:けいれんや脳卒中
Suicide:自殺
Sugar:低血糖
Syncope:失神
救急の現場ではさらに、事故時に頭蓋内の出血が起きていた時は要注意である。
事故前に頭蓋内の出血が起きた→意識を失って単独事故
何らかの原因で単独事故→事故が原因で頭蓋内の出血が起きた
のいずれかの区別が非常に難しいからである。
上なら原因は「疾患」、下なら原因は「外傷」である。
そして特にこの区別が難しい頭蓋内出血が、クモ膜下出血である。
みなさんがよく知っているクモ膜下出血の原因の80〜90%は、脳動脈瘤の破裂である。
もともと脳の表面を取り巻く動脈に動脈瘤ができており、これが破裂することで「クモ膜下腔」という空間に血液が広がる病態である。
そして、まれだが今回出てきた椎骨動脈解離も、破裂するとクモ膜下出血を起こす。
椎骨動脈もまた、首から脳に向かう表面の動脈だからだ。
クモ膜下出血がよく起こる年齢は40〜60歳。
脳出血(脳内出血)より随分若い年齢に起こるのが特徴だ。
高血圧や動脈硬化といった生活習慣病が原因ではないためである。
ところが、脳の表面の動脈の損傷は、外傷によっても容易に起こりうる。
これが「外傷性クモ膜下出血」である。
血液がたまる部位は同じクモ膜下腔であるため、同じ「クモ膜下出血」だ。
これらは見た目が同じであるため区別が簡単ではない。
場合によっては上述したような病気が原因でないかどうかを調べる精密検査が必要になる。
「頭を打ったことが原因の出血だ」
などと言ってたかをくくっていると、実は治療すべき動脈瘤や椎骨動脈解離があるかもしれない。
さて、では今回原因とされた「椎骨動脈解離」というのはどういう病気なのか?
実は私たちにとって意外に身近な病気で、誰もが気をつけなければならないため、解説しておこう。
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椎骨動脈解離の怖さ
椎骨動脈とは、首の後ろの左右を走って脳に向かう、計2本ある動脈である。
何らかの原因でこの動脈が裂けることがあり、これが起きると激しい頭痛が起こる。
動脈が裂ける状態は大動脈解離と同じなので「大動脈剥離という病気は存在しない。大動脈解離の原因、症状と治療を解説」の記事で書いた図を再掲しておこう。
では、なぜ椎骨動脈が解離してしまうのか?
この原因は意外に身近である。
たとえば、首のマッサージ(整体やカイロプラクティック)や、首をひねるスポーツが原因になる。
何気なく首を急に曲げたり、ジェットコースターに乗ったりしたことで起こることもある。
もちろん今回のドラマのように、外傷で頭部を打撲し、首に強い外力が加わった時にも起こりうる。
ちなみに俳優の金山一彦さんは3年ほど前にこの病気にかかったことを発表していたが、病院で「首をポキポキならす癖」が原因だと言われたそうである。
とにかく「ごく軽い外傷」が誘因になることは、私たちが注意すべきポイントだ。
そうした理由で、ひどい頭痛で外来に来た方が精密検査を受け、椎骨動脈解離が原因とわかることも少なくない。
頭部CTだけでは診断は難しく、血管造影やMRIによる精密検査が必要である(これも今回のドラマで説明があった通り)。
治療としては、手術や血管内治療(カテーテル治療)を行うことが多い。
万一これを放置すると、破裂してクモ膜下出血に至り、命に関わる事態に発展するリスクがある。
発症すると頭痛や首、顔面の痛みを起こすことが多いため、今回のように破裂寸前なのに気づかないほど症状が軽かった、というのはやや違和感の残る展開ではある(ないとは言えないが)。
いずれにしても、首の無理な運動には十分注意していただきたいと思う。
こちらの記事も参照。
というわけで今回は、
外傷による椎骨動脈解離
↓
椎骨動脈解離の破裂
↓
(疾患としての非外傷性)クモ膜下出血
↓
意識を失って単独事故
が答えということになる。
事故原因が病気であった場合、その原因の特定は医学的にも「謎解き」になるため、興味深い。
今後も、どんな疾患が登場するのか、視聴が楽しみである。
第5話の感想はこちら!