第7話のサブタイトルは「あやまち」。
敏腕看護師冴島(比嘉愛未)が、コードブルー必須の「あの道具」を救急バッグに入れ忘れるというミスを犯す。
だがそのおかげで、コードブルー史上一二を争う派手な現場シーンが登場することになる。
開放性胸部損傷に対するハイラーツイストだ。
肺門部を軸にして肺を180度回転させ、血管と気管を閉塞させるという世にも恐ろしい手技。
めったにされることはないが、今回藍沢(山下智久)は的確なステップを踏んでこれを成功させる。
果たしてハイラーツイストとは一体どんな処置なのか?
これに至るまでの藍沢の判断が優れていた理由とは?
いつも通り図解を入れてわかりやすく解説しよう。
大量血胸、藍沢の機転
恋人の田沢を失った喪失感から立ち直れない冴島。
亡くなる直前に携帯電話に田沢が残した留守電の声を、仕事中にも繰り返し聞いていた。
そんな折、山登り中の落石によって怪我人が発生、ドクターヘリ出動要請が翔北に入り、藍沢、白石(新垣結衣)、冴島が現場に向かう。
怪我人の男性は右の開放性胸部損傷の重症。
胸腔ドレーン(胸の空間に入れる管)を挿入すると大量に血液が漏れ、胸腔内で大量出血が起こっている(大量血胸)ようである。
緊急止血が必要と判断した藍沢は、右開胸から肺門部にアプローチ。
肺門部で血流を遮断する作戦に出る。
いつものようにサテンスキー鉗子を要求するが、なぜかバッグ内に見つからず、手間取る冴島。
留守電に気を取られ、サテンスキー鉗子をバッグに入れ忘れていたのだ。
サテンスキーがなければ血流遮断は難しい。
そこに翔北にいる森本(勝村政信)から指示が入る。
「ハイラーツイストはやったことある?」
肺を回転させることによって、肺に流入する血流を遮断する方法だ。
これまでやったことのなかった藍沢だったが、的確な手順でこれを見事に成功させる。
ようやく止血が得られた男性は、そのままヘリで翔北に搬送され、無事救命されたのだった。
今回の藍沢の判断は、まさしく的確で見事である。
なぜ見事なのか?
その前にまず、
ハイラーツイストってどういう意味?
と思った方のために、この手技をわかりやすく説明しよう。
ツイストできるのは肺だけ
ハイラーとは「hilum=門」の形容詞、「hilar=門の」で、ツイストとはその名の通り「ひねること」である。
つまり、ハイラーツイストは「門をひねること」という意味になる。
肺の門とは、肺の入り口の血管や気管が出入りする「肺門部」のことだ。
「肺門部」とは肺の入り口の「門」、いわゆる「玄関」のようなもの。
ここを動脈、静脈、気管が出入りしている。
こういう「玄関」があるタイプの臓器は、ここのワンポイントを止めれば血流遮断できるのが特徴である。
通常肺からの出血を一時的に止血する場合、ここにサテンスキー鉗子をかれば良い。
サテンスキー鉗子は、太い血管を挟んで遮断できる遮断鉗子の一種。
コードブルーでは定番の手術器具だ。
ところが今回冴島はサテンスキーをバッグに入れ忘れていた。
そこで、この肺門部を180度ねじって血管を絞るように止血するという荒技、ハイラーツイストの出番となる。
ちなみに「玄関」のある臓器だけは、この「入り口での遮断」という作戦が有効である。
臓器には、たとえるなら「自宅型」と「デパート型」がある。
自宅には「玄関」があり、出かける時も帰宅する時も同じ入り口から出入りする。
一方デパートはあらゆる方角に入り口があって、どこからでも出入りが可能だ。
自宅に人を閉じ込めるためには玄関を封鎖すれば良い。
ところがデパートに人を閉じ込めようとすると、あらゆる箇所を封鎖する必要があるため容易ではない。
この「自宅型」に相当するのが、肺、肝臓、脾臓、腎臓である。
一方、それ以外の臓器、例えば、胃や小腸、大腸、膵臓などは全て「デパート型」である。
(ちなみにこれは私のオリジナルの分類法)
「自宅型」の「玄関」は、いずれも「門」を使った名前が付いている。
肺門部、肝門部、脾門部、腎門部だ。
ちなみにコードブルーでもこれらの言葉が登場したことはある。
たとえば、3rd SEASON第3話のダメージコントロールのシーン。
肝臓が破裂して大出血を起こした状況で藍沢が言ったのは、
「肝門部遮断する!サテンスキー!」
だった。
第8話では、腹部を打撲した少年の仮性動脈瘤が破裂し、フェローの灰谷が、
「脾門部に仮性動脈瘤が見つかりました。これが破裂して出血してるんだと思います」
と言う。
これらの臓器はいずれも、この「門」の一箇所で血流が出入りするため、ここを遮断鉗子で遮断すれば止血が可能、という点で共通している。
(厳密に言うと肝臓には肝静脈という流出路がもう一本あるが今回は割愛。詳細はこちら)
さて、ではもし遮断鉗子がなかったときはどうするか?
これらの臓器を門の部分で回転させて止血できるか?
というと、実はそう簡単ではない。
臓器を回転させられるのは肺だけである。
臓器が周りに完全にくっついて固定されている肝臓、脾臓、腎臓と違い、肺は肺門部以外ほとんどがブラブラの状態だからだ。
ハイラーツイストという言葉に「肺」という意味を含めなくて良いのは、「肺にしかできない」ことが誰しも分かっているからである。
ちなみに肺も、一つだけ固定されている部分はある。
「下肺靭帯」と呼ばれる組織である。
少なくともこの靭帯は、切ることが必要だ。
藍沢がまず、「靭帯見えるか、切ってくれ」と白石に言ったのがこれである。
これによって、肺門部以外が完全にフリーの状態になり、ここで肺門部にアプローチしやすくなる。
さらには肺門部を中心にねじることもできる、というわけだ。
ところが、実は今回のケースでは例外的に固定されている箇所がもう一つあった。
肺尖部(はいせんぶ)の癒着である。
ここが藍沢の腕の見せ所であり、まさに今回の迅速な救命につながるポイントだった。
藍沢の的確な癒着剥離
肺は、下肺靭帯の固定を外せば肺門部だけでつながったブラブラの状態になるのが普通だ。
しかし、肺尖部、つまり肺の頂上の部分に癒着があるケースにしばしば遭遇する。
原因は、かつて起こった肺結核や肺炎などの炎症の痕跡によるものが多い。
肺を回転させるためにはここの癒着を剥がさなければならないが、肺の癒着はかなり丁寧に剥がさなければ肺に傷がつき、空気が漏れてしまう。
そこで細くて尖ったハサミや電気メスを細かく使ってゆっくり丁寧に剥がしていくのがポイントだ。
ところが今回藍沢は、
「肺がちぎれてでも一気に剥がしてハイラーツイストしよう」
と言い、メイヨーを冴島に要求する。
メイヨーとは、細かい操作は到底できない、太くて大きなハサミである。
これで癒着した部分をザクザク切ったのだ。
この瞬間、ボコボコとすごい勢いで空気が漏れ、肺が思い切り破れたことがわかる。
今回のケースに限って言えば、これが正解である。
患者はすでに2000ml出血した状態。
肺を損傷してでも、止血しなければ患者は救えない。
サテンスキーなき今、とにかくハイラーツイストを早急に行うことが第一優先
という藍沢の判断が正しいのである。
ボロボロになって空気が漏れた肺はどうするか?
肺は豆腐のように柔らかい臓器である。
このように傷ついてしまうと、針と糸で縫い閉じようとしても、針穴から空気が漏れて収拾がつかなくなる。
そこで、一般にはその部分を切除することで対応する。
今回男性は翔北に搬送されるが、そこで藍沢は、
「肺、切除します」
と言い、肺の上の部分(上葉)を切除しようとしているのがわかる。
この際、看護師に渡されたのがリニアステープラーという道具だ。
切ると同時にホチキスの針が走って縫い閉じることもできる。
「切る」と「縫う」が同時にできる点でロックミシンのような器械である。
余談だが、冴島がメイヨーを藍沢に渡す時、地面に叩きつけるようにして袋を破るのだが、これがかなりカッコ良い。
普通の手術では決してやらないが、最速かつ、理にかなった渡し方である。
救急部専属の経験豊富なナースから直々に伝授されたに違いない。
正直、こういうシーンで専門家までも「おぉ!」言わせることができるのは、あらゆる医療ドラマの中でもコードブルーしかない。
冴島の道具の渡し方についてはこちらでも解説しているので未読の方はぜひ。
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実は白石の動きも的確だった
これまで藍沢はハイラーツイストを行なったことは一度もなかった。
珍しく処置をためらう藍沢に白石が言ったのは、
「もしハイラーツイストで心停止したら、すぐ左も開胸して心マするから」
である。
肺門部で血流遮断することは、肺への血液の流入を遮断できる反面、肺から心臓へ戻ってくる血液をゼロにすることに等しい。
突如として心臓に血液が足りなくなり、心停止に陥るリスクがある。
しかも今回は右肺の損傷で右開胸された状態。
右開胸では何か異変が起こっても対応が遅れる可能性がある。
その理由は第4話の蘇生的開胸術の説明を読んだ方ならわかるだろう。
大動脈の遮断(による止血)、開胸心臓マッサージ、心のうドレナージ(心タンポナーデに対する処置)といった救命処置は左からしかできないからである。
白石のセリフの意味は、こういう背景を踏まえた上でのものである。
白石が左側に立って、
「何かあったらいつでも私が左開胸する」
とスタンバイしていたからこそ、藍沢は思い切ってハイラーツイストできたわけだ。
今回は、藍沢&白石コンビのチームワークも重要なポイントだったと言える。
ちなみにこういう開放性胸部損傷に対して現場でハイラーツイストを行い、見事救命できる確率は、というと非常に低い。
現場で2000mlも出血した状態で、生きて翔北に帰れるなど、ほとんど不可能に近いだろう。
ドラマだと鮮やかに魅せてくれるのだが、やはり現実はそれほど甘くない。
これは第3話の解説記事で書いた通りだ。
だが今回は、現場シーンも初療室のシーンも、冒頭にも書いた通りコードブルー史上最高と言っても良いくらい、リアルで完成度の高いものである。
記憶が曖昧な方は、藍沢、白石、冴島のカッコ良い姿をぜひもう一度見ていただきたいと思う。
(参考文献)
外傷専門診療ガイドライン JETEC/へるす出版
第8話の解説はこちら!