第9話ともなると、解説記事もネタ切れの様相で、私は何を書くべきか今回ばかりはパソコンの前で悩んでいる。
多発する骨盤骨折、多発外傷現場でのトリアージ、灰谷の精神科受診、針刺し事故でなぜか責任を追及される名取。
これまでの記事を読まれた方々にとっては私の苦悩が伝わるだろう。
もう、解説かツッコミかのどちらかをすでにやったことばかりである。
とりあえず関連項目に関してリンクを貼っておくので、まだ読まれていない方はぜひ読んでいただきたい。
骨盤骨折がなぜ危険かについてはこちら
コードブルー3 第5話|医師が骨盤骨折を解説&医師の謝罪にツッコミ
トリアージタグの解説はこちら
コードブルー3 第7話 感想|医者が患者に言ってはならない言葉
灰谷の精神科受診が必要な理由についてはこちら
コードブルー3 医師が解説|名取のスキル、カットダウンはなぜ褒められたのか?
針刺し事故後の対応についてはこちら
コードブルー第8話 感想|私がこの病院での入院をおすすめしない理由
また今回は微妙に感情移入の難しいシーンが多い。
息子思いの父親が何とかドナーを探したいという一心で、必死で新聞を隅々まで読んだり、子供の事故が気になったりするのは仕方がないように思うのだが、そんなお父さんは好きじゃない優輔君。
「エースっていうのはわがままで自分勝手じゃなきゃダメなんだ!」と、チームワークや献身的なプレーを「つまらないもの」と言い切ってしまうラグビーパラリンピック代表選手。
なかなか彼らの気持ちが理解しづらかったのは私だけだろうか。
(普通は個人の病状説明をするのは家族だけで、チームメンバーを全員集合させるのも何となく違和感があるが)
というわけで今回は、序盤で専門用語が連発して理解が難解と思われた脳外科手術と、最後の衝撃の災害現場に絞って、解説を加えたいと思う。
両角さんはどういう病態だったのか
車椅子ラグビーのパラリンピック日本代表チームのキャプテンが、車椅子のまま階段から転落。
骨盤骨折を起こして搬送される。
治療は問題なく終わり、ICUで管理されるが、男性の頭部CT写真が気になる藍沢。
男性は14年前の怪我で胸髄損傷を負った際、頭蓋骨骨折も起こしていたが、かつての骨折線が上矢状静脈洞(SSS)に接していたからだ。
藍沢が心配した通り、男性はその後急変。
SSSからの大量出血により緊急手術となるが、救命できず術中死する。
この経緯を見て、「え!死亡するような怪我だったの!?」と思った方も多いかもしれない。
そもそも、何が原因でどうなったのかさっぱり、という方もいるのではないだろうか。
少しストーリーがわかりにくかったが、まずこの男性の背景から説明する。
彼が下半身不随で車椅子に乗っているのは、14年前に胸髄損傷を起こしたからである。
脊髄は、脳から続く、背骨と並行する神経線維の太い柱である。
上から順に、頸髄、胸髄、腰髄、仙髄に分けられる。
頸髄は首、胸髄は胸、腰髄は腰なので、読んで字のごとくである。
これを損傷することを脊髄損傷、通称「脊損(せきそん)」と総称して言う。
脊髄は、脳からの命令の信号の通り道と考えるとわかりやすい。
これをある部分で損傷してしまうと、そこから下へ信号が伝わらなくなってしまう。
どの部位を損傷するかによって、どこに麻痺が出るかが異なるため、さらに細かく損傷部位まで伝える時に「頸髄損傷」や「胸髄損傷」と呼ぶことになる。
ちなみに、緋山の恋人、緒方さんの病名は、「中心性頸髄損傷」である。
中心性頸髄損傷とは、頸髄の中心部のみを損傷することで、それ以外の頸髄は正常に機能する。
頸髄を完全に損傷してしまうと、そこから下、つまり両手、両足全てが不随(動かない)の状態になってしまう。
しかし、緒方さんを見ればわかる様に、彼は手に麻痺が残ったために料理人の職を失ったものの、歩くことは可能である。
上肢(腕〜手)の神経は、脊髄の中でも中心寄りを走行するため、「中心性」脊損では上肢にのみ麻痺が出るからだ。
そして胸髄損傷だと、下半身不随にはなるが上半身は動くため、歩行はできないが車椅子ラグビーの試合はできる、というわけである。
緒方さんの入院についてはこちらで詳しく解説しています
さて、脳には静脈洞と呼ばれる、太い静脈が集合した場所がある。
その一つが、上矢状静脈洞 (通称SSS)であり、頭頂部(頭の真ん中の真上)に位置している。
太い静脈で、大量の血液が通っているため、これを傷つけると大出血を起こしてしまう。
この男性は、14年前にSSSの直上の頭蓋骨骨折も起こしており、SSSと癒着していた。
今回車椅子で転倒して骨盤骨折を起こしたため、衝撃でこの癒着が剥がれ、あるとき突然大出血してしまった、という流れである。
太い血管を大きく損傷する場合、一見、動脈の方が大量出血しそうだが、実は静脈の方が止血が難しい。
動脈は、これまでのコードブルーでも度々登場した様に、その根本を遮断しさえすれば止血することができる。
例えば良い例が、第6話の冷凍庫内の男性である。
足から大量出血していたが、足の付け根で大腿動脈を遮断することで止血できた。
(詳細は「コードブルー3 第6話|脳死移植の難しさ、医師の落胆に抱く違和感」を参照)
ところが静脈はそうではない。
特に静脈洞のように太い静脈が集まっている部位は、こちらからあちらへ、というように血液の流れが一方向ではないため、1箇所を遮断すれば血液が止まる、というものではないからだ。
ため池のように静脈血が溜まっている場所、と考えれば良い。
「洞」とは「広い空間」という意味である。
これを傷つけてしまうと、収拾のつかない大出血を起こしてしまうというわけだ。
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危険すぎる災害現場
地下鉄開通前の線路内での記念イベント中に崩落事故が発生し、ドクターヘリで救急部のメンバーがほぼ全員で現場に向かう。
イベント参加者は300人であり、負傷者がきわめて大勢であるため、トリアージタグを用いて現場の収拾を図る白石。
しかし重傷者が多い地下2階で藍沢、藤川らが処置中に再崩落が発生。
その場にいた医療スタッフたちは事故に巻き込まれてしまう。
それにしても、あまりに危険な現場に無防備すぎる医師たちである。
私も工事現場での災害で現場出動したことがあるが、救急車から降りて勢いよく現場に走ろうとしたら、
「先生待ってください、その格好では危ないです」
と救急隊の方に叱られたことがある。
危険な現場の場合、まず到着したらすぐにヘルメットを着用し、かなり分厚い防護服を着用する。
靴も、履きにくい硬くて丈夫な作業靴に履き替える。
当然だが、災害現場で最も注意しなければならないのは二次災害だからだ。
今回のような大崩落でなくとも、災害現場では頭上から物が落ちてくるかもしれないし、足場も不安定で危険な場合が多い。
まず自分の身を守らなければ患者さんは救えない。
さらに、災害の規模から考えて、現場に出動している医師があまりに少なすぎる。
トリアージタグが登場するほどの大規模な災害の場合、近隣のいくつかの医療施設から多数の医師がドクターカーですぐに駆けつけることが多い。
ドクターヘリで遠くから翔北の面々が駆けつけた時には、近隣の病院の医師らがすでに処置を始めているのが自然なように思う。
さすがに少数精鋭の彼らに少し無理をさせすぎである。
我々医師は、患者さんの救命の前にまず自分の身の安全を確保するように、と厳しく指導される。
医師がフルに動けなければ患者さんは救えないからだ。
これは、針刺し事故のような小さな事故でも同じである。
患者さんの診療を中断してでも自分の身を守るべき、というのは前回記事で説明した通り。
最終回に向けて盛り上げたいのはわかるが、さすがにあれを見せられると、これまでコードブルーを見て救急の現場に憧れた人たちが、救急医や救急ナースになりたくなくなってしまいそうである。
なお、基本的に彼らは院内での治療であってもマスクや帽子を着用しない。
ここまで頑なに軽装を貫くとなると、やはり俳優たちの表情が見えなくなるとドラマの魅力が損なわれるという製作者側の配慮だろうと思われる(第3話解説でも指摘した通り)。
ただ現実には、マスクや帽子、ガウンなども、医療者側の感染防護の意味合いも強い、ということを忘れてはいけない。
というわけで今回は、最終回へのハシゴということで、あまり情報量の多い記事は書けなかった。
だがこれまでのコードブルーに関して、引き続き書かねばならない記事がたくさんあるので、明日以後も懲りずにこのサイトに来ていただければ幸いである。
コードブルー全話解説記事目次ページへ→コードブルー3 医師による全話あらすじ/感想&解説まとめ(ネタバレ)
第9話解説記事第二弾はこちら
コードブルー3 第9話 解説|医者の人事は電話一本で決まるのか?
最終回の解説記事はこちら